実感と本音こそがすべて

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3月16日・17日と、
「感性論哲学後継者育成講座」に
参加するため、名古屋へ行ってきました!

★感性論哲学とは…?

感性肌のアタシ

もともと“感性肌”のアタシは、
子どもの頃から、
自分の中の“感性”をとても大切にしていて、
そのセンサーを指針としている。

快か、不快か
楽しいか、つまらないか
好きか、嫌いか
心地いいか、心地悪いか
気持ちいいか、気持ち悪いか

これらを感じる時に、
“なんとなく…”という感覚と共に、
言葉にならない領域にアンテナを立て、
それを基準に物事を判断してきた。

そんな生き方を、
自分は“ダメな子”としてきた。
なぜなら、世の中のモノサシが
【理性社会】だから。

世の中のモノサシが【理性】というのは、
どういうことかというと…

良いか、悪いか
正しいか、間違っているか
優れているか、劣っているか
出来るか、出来ないか
勝ちか、負けか

といったモノサシ。

だから、親にもそうやって
育てられてきたし、
学校でも、社会でも、
その〈理性の価値判断〉で図られ、
成人になるまで過ごしてきた。

これはアタシに限ってじゃないよね。
世の中の水準がそこだもの。
多くの人が、その〈理性の価値判断〉という
枠に入れられて来たと思う、時代的に。

そんな窮屈さと、
生きづらさと、
息苦しさと、
違和感がずーーーっとあって。
どんどん【自分】という人が、
見えなくなってきていた。

アタシは誰で、
アタシは何者で、
アタシは何がしたくて、
アタシは何のために生まれたのか。

拭いきれない問いが、
ずーーーっと頭の片隅にあった。

“感性を拓く場”との出会い

そんな自分が、
まず出会ったのは、
“心理学”だった。
2006年頃から学んできて、
次から次へと知る心の世界が、
楽しくてしかたなかった。

その中でも、
最も好きだったものが、

エンカウンターワークショップ

だった。

その当時の「エンカウンター」についての説明。
こちらの★過去ブログ★からどうぞ。

端的に言うと、
エンカウンターという言葉自体は、
“出会い”を意味するが、
「本音と本音の交流で自分や他者に出会うこと」
を目的とした、グループ心理療法。
この療法のスタートは、
来談者中心療法の創始者である、
カール・ロジャースです。

アタシは、このエンカウンターが大好きで。
自分の本音や感じていることが、
なんなのか分からなくなるほどまで、
抑圧していたアタシだったのが、
今くらいまでオープンになることができた(笑)
きっかけは、このエンカウンターだった。

当時は、自分の本音を話そうとするだけで、
涙が溢れてしまって、
何も言えなかった。
しょっちゅう泣いてた。
言葉に出来なくて苦しかった。

今だって、本音を話そうとするのは、
躊躇することもあれば、
なかなか吐露できないこともある。
けど、約10年前に比べると、
格段と出来るようになったもんだ。

失感情症・失体感症

紆余曲折、人生いろいろあって。
一度は離れた対人援助職だったが、
再び同じステージに戻ろうと決めた時、
出会ったのが“あけみちゃん”こと、
岡部明美さんのワークショップだった。
アタシのブログでも、
何度も紹介させていただいている。

このワークショップの中で、
「現代人の問題は、
失感情症・失体感症にある」

いう話しを聞いたとき、
当時のアタシにとってドンピシャで、
「同じことを感じている人がいた!」
と思って、とても嬉しかった。

また、
「自分が自分らしく生きるためには、
“感性を取り戻すこと”だ」
という
話もあり、深く共感したのだった。

そして、あけみちゃんのワークショップや、
リーダーシップ育成の教えの基盤の考え方には、
【感性論哲学】があることを知り、
そこから【感性論哲学】に興味を持った。

アタシは〈人生はすべて体験にある〉と
10代の頃から思っていたし、
だからこそ、さまざまな体験をすることに
意味と価値を置いて人生を選択してきたのだ。

体験そのものも大事だけれど、
そこで“感じること”が大事なわけで、

体験でしか
“本当に知り得る”ことは出来ない

と、思ってる。
というのも、体験を通じて感じたことが、
理性を使って記憶されることで、
はじめて「知った」になると。
アタシの基準の「知る」はソコ。
脳内だけでの“記憶”は、
あまり重要ではない。

だからこそ、
バーチャル世界に異を唱える。
失感情症・失体感症は、
極論、“生きる実感”を失うことだ。
だから、頭でっかちになるなってこと!

体験から“実感”が湧く

何度もいうよ。
〈体験こそが大事〉
生(なま)で感じることでしか、
生きていることを感じられない。

ワークショップが大事なのは、
体験を通して、
“感じる”世界に直接アクセスするからだ。

座学は、結局のところ“思考”でしかない。
そこでずーっと座って学んでいても、
頭に知識・情報は入ってくるだろうが、
何も動いてない。

アタシの感覚でいう、
「本当に知り得る」ことにはならんのだ。
なのに…知った気になる。
知ったと思うから、
やってみようとするけど、
いざ、やろうとすると…できない。
当たり前じゃ、体験してないんだから。

“実感”の奥に“本音”がある

そして、さらには。
【実感】した後にしか、
【本音】っつーのは出てこない。
頭だけの知識や情報、考えでは、
【本音】まで辿り着けないのである。
残念なことに…。
本音って奥深いのよ。。。

そう思うと、
【本音】で言い合えている人って、
どんだけいるんだろ…?
アタシは日常生活において、
あまり出会わないかな。

“実感”することが〈怖い〉という壁

じゃ、みんなはなぜ、
そんなにも頭だけに偏ろうとするのか。
それは〈怖さ〉がそこにはあるから。
感じることを怖がる人って、
めっちゃ多い。

・コントロール出来なくなりそう
・自分の嫌な部分が見えちゃう
・本当の自分がバレてはいけない
・弱い人間なことを認めてしまう
・自分に価値がないことを認めてしまう
・これまで頑張ってきたことが、
 全部崩れてしまいそう。
・自分じゃなくなってしまいそう。

こういった恐怖に襲われるから。
これは自分の“エゴ”や“マインド(思考)”が
創り出した幻想よ!

この壁を乗り越えた先に、
【真の実感】を体験することができ、
そして【本音】と出会える。

ジャッジメントのない世界

【実感と本音】には、
ジャッジメントの世界はない。
〈理性の価値判断〉は存在しない。

感じたことに、善し悪しもないし。
感じたことに、正誤はないし。
感じたことに、優劣はないし。
感じたことに、勝負はないし。

感じたこと、
それが“すべて”なの。
それ以上でも以下でもない。
そして、その感じたことを、
そのまんま伝えることこそが【本音】なの。
その【本音】こそが、
人の心を動かすの。

まとめ

感性論哲学後継者育成講座で、

感性の〈実感〉と〈本音〉に信頼をおく

という話しがあった。
まさに、その通りだと思う。

頭では、言葉としてはわかるけど、
じゃぁ…どうするの?

まずは【実感】を
この身をもって体験しましょう。
その【実感】を体験すると、
自分の奥底にある【本音】が自然と顔出す。
その繰り返しをしていると、
感性で生きるスタンスとなり、
それが自分を生きることになるから。

今年は、
エンカウンターワークショップの
実践を予定しています!!
ワクワクが止まらない〜♡

感じること、生きること、愛すること、
つながること、自分と出会い、
本当の自分で他者と出会う場を創造していくよ。

自分とつながらなければ、
他者とつながることなんて出来ない。
まずは、自分の感性を拓きましょう。

準備が整ったら、
また告知しますね☆

Written by まついゆか

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子育て講座のモニター募集中です♪

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RJにゾッコンLOVE

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ここ最近のマイブームは、
もっぱら【RJ】です!
RJに夢中です☆
RJにゾッコンLOVEです♡
RJに首ったけです♡

Facebookでもシェアしてるけど、
改めて記事にします。
一部の友人たちが、
記事化を楽しみにしてくれていたし♡

マジメ記事を過去に一度書いたワ

以前にも記事にしたことありますよ。
しかも…めっちゃ真面目な記事でね。

★ブログ:Restorative Justice★

真面目すぎて、
堅苦しくて、
文字が多すぎて…
今となっちゃー読みづらいよね(笑)
この頃の記事を読むと、

マジメか!!

…と、突っ込みたくなる(笑)
自分で言うのもなんだけど…
昔のブログ、つまんないねー(爆)!

そんなマジメ仮面は外して、
改めてわかりやすく、
お伝えいたしますわ〜☆

【RJ】って何なのさー??

【RJ】って、リオデジャネイロじゃないよ。
【RJ】って、鉄道ジャーナルじゃないよ。
【RJ】って、腕時計じゃないよ。

Restorative Justice

の略で、【RJ】です!

日本語だと、
Restorative=修復
Justice=正義、公正、公平、司法
なので、『修復的正義』とか、
『修復的司法』と訳されているけど、
アタシ個人としては、
「伝わりづらいな〜この言葉」って
いつも思っているのと、
あんまり日本語的にシックリきてない。

「公平な修復をしていく」

が、個人的には分かりやすいかなぁ。
じゃ、一体何を修復してくの?って、

ズバリ!関係性!

関係不全が起こっているところに、
公平な修復をしていきましょっていう
アプローチをする考え方。

主には“対立構造”になってることで、
ケンカ、イジメ、ハラスメント、
紛争、戦争、虐待、DV、離別
差別、偏見などなど…。
この世には、いっぱいあるよね。

それを、罰を与えて終わりじゃなくて。
弁償して終わりじゃなくて。
罪を償って終わりじゃなくて。
損害賠償を払って終わりじゃなくて。

対立の両者間に出来た、
大きな、大きなポッカリ空いた穴を、
〈対話〉を用いて、
関係性を修復していくことが目的。
どちらに偏ることもなく。
被害者・加害者の両者公平に。
その関係性を修復していく概念。

RJが学べるところ

このRJにアタシが出会ったのは、
昨年のちょうど今頃。
子どもの電話相談の
ボランティア活動をしており、
そこで知り合った仲間の中で、
このRJに携わっている方がいて、
その方のご紹介から「NPO法人 対話の会」が
主催している、講座へ参加したことがきっかけ。

それがまさに、
以前投稿したブログの内容。

自分の中で雷が落ちたような、
とても衝撃的な出会いだった。

アタシはよく、
自分が「これだ!」というものに対し、
直感で閃きが起こることが多く。
そういう時は大抵、
雷が落ちたような衝撃を受ける。

そこから定期的に、
NPO法人 対話の会には参加しつつ、
今年の1月には、
スクールソーシャルワーカーの
パイオニアでもある、
山下英三郎先生のところへ、
2泊3日のRJ研修を受講しに行った。

NPO法人 対話の会は、
代表である山田由紀子先生が、
弁護士でもあるため、
主に司法の分野において、
活動を広めている。

そして、山下英三郎先生が代表の、
NPO法人コスモス村では、
教育分野であるスクールソーシャルワーカーや、
福祉分野であるソーシャルワーカーを中心に、
RJを広める活動をしている。

もうお一方、埼玉県立大学の
梅崎薫先生が社会福祉の分野で、
研究をしながら、
広める活動をされている。

どの分野においても、
とても画期的な概念なのだ。

RJの“萌え”ポイント

RJで、アタシが“萌え”っとくる
ポイントがいくつかあるから、
そこをご紹介☆

①RJの定義
1つ目は、RJの定義ね。

『RJとは、個人あるいは集団が、
 受けた傷を癒やし、事態を望ましい
 状態に戻すために、
 問題に関係がある人たちが参加し、
 損害やニーズ、及び責任と義務を
 全員で明らかにすると同時に、
 今後の展開を模索する過程である』

NPO法人コスモス村 研修資料より抜粋

トラブルや問題が起きた時、
被害者も加害者も、
またその家族や関係のある人全員で、
修復へと向かうというスタンスが、
アタシ個人は、とても“萌え”っとくる。

誰も排除しない。
パワーバランスにも偏りがない。
どの意見も尊重される。
全員で理解しようとする姿勢。
この平和で調和するプロセスが、
とても胸を熱くする。

②RJの理念と先住民の教え
2つ目は、理念と先住民の教え。

まず先住民の教えとして、
ネイティブ・アメリカンや、
ニュージーランドのマオリ族、
ハワイの先住民のバックグラウンドがあり、
狩猟を地域でやっていたからこそ、
地域内でトラブルが起こると、
協力関係が崩れることから、
地域から排除せず、
関係を修復する解決法をしていた。
そこがベースになっている。

そして、RJ理念。

●すべての人はつながり合っている。
●すべての物はつながっているが、
 それぞれには明確な違いがあり、
 それらが均衡にとれていることが
 重要である。
●宇宙のあらゆる部分が、
 全体に寄与しており、
 それぞれが同じように価値がある。

NPO法人コスモス村 研修資料より抜粋

つながりの断絶や、
損なわれた均衡は、
世界の調和を乱すため、
修復される必要がある。

ここの“萌え”ポイント。
わかる人には、わかると思う。

RJはハウツーではなく、

「宇宙のバランスを取るための哲学」

と言っても過言ではない。
MAXの“萌え”ポイント。

③RJ的対応
3つ目は、RJの対応。

・循環的
・当事者同士の対話
・出来事による“影響”を重視
・責任のとり方を模索
・自発的な謝罪と赦し
・関係を築くことに焦点
・現在と未来に焦点

NPO法人コスモス村 研修資料より抜粋

従来の対応では、
何かトラブルが起こったとき、
一方的だったり。
当事者同士を対話させるなんて、
とんでもない!!
むしろ、引き離したり。
責任を追求し、罰を与え。
謝罪と赦しを強要し、
過ぎ去ったことに焦点を当てていた。

全く正反対と言っていいほどの、
対応なのである。
そして、一番重要とされているのが、
【関係を築くこと】にコミットしている。
関係性を新たに創り出したり、
壊れたものを修復していく。
この【構築と修復】が主なアプローチ。
この関係性にコミットしている部分が、
アタシにとっての“萌え”ポイント。

RJファシリテーターをやってく!

ということで、ご興味のある方は、
個人的に学んでください(笑)
これはね…文章で説明できるものでもなく。
体験を伴わないと、学べないもの。

そしてアタシは、
このRJファシリをやっていくと決めたのですー!
そして、いずれはRJファシリの育成もするぞ!

ここ最近は機会に恵まれ、
小学校や中学校などで、
「RJサークル」と呼ばれる、
対立予防となる対話のワークを、
子どもたちとやっている。
子どもたちと対話をするというのも、
なかなか面白い体験♡

スクールソーシャルワーカーの方々が、
着実に取り組んでいらっしゃるので、
教育分野においては、
引き続き、機会があればお手伝いを
させていただければと思っている。

アタシがガチで踏み込んでいきたいのは、
大人に向けた“コンフリクト対応”。
職場・家庭で起こるトラブルや対立。
そこの【関係性修復】に寄与したい!

カウンセリングのスキルも、
ファシリテータースキルも、
すべて総動員して。

目指せ!
オンナ版、坂本龍馬☆

このRJ理念・定義を大切にしながら、
宇宙の調和を計るための活動を、
今後のメイン軸としていきますYo☆

Written by まついゆか

♡子育てママ向け♡
RJサークルを体験できます!

〈Circle tea time Vol.04〉2019.04.15
※ここをクリック※

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“いい子ちゃん”であることの危険性

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これは、ぜひとも
全国のママさんにお伝えしたい!

お子さん、“いい子ちゃん”に
なっていませんか??

今日は、子どもが“いい子ちゃん”
であることのリスクについて、
お伝えしまーす!

“いい子ちゃん”=従順な子

元々の性格や基質として、
“おとなしい子”というのと、
元々の性格や基質はそうでないのに、
親に合わせて“いい子ちゃん”でいる子
…とでは、全く異なる!

この「親に合わせて“いい子ちゃん”で
いる子ども」は、大人になってから、
とても苦労することが多い。

まさにアタシ自身がそうであるし、
また周囲でも苦労している人が多いからだ。

“いい子ちゃん”は親からすると、
とても好都合であり、
有り難いと思ってしまいがち。
けれども、その子どもの“いい子ちゃん”
に甘んじてしまっていると、
その子が大人になった時に、
いろんな形で障害になることがある。

お子さんが大人になった時、
生きることに苦しさを感じて欲しくないよね?

親の言う通り、親の顔色を伺う子

アタシはまさに、
そんな子どもだった。
反抗期がなかった。

親の言う通りにしようと思っていたし、
常に親の(特に母親)の顔色を常に見て、
立ち居振る舞いをしていたのだ。
無意識のうちにね。


そのココロは…

いかに“怒られないか”

が基準である。

常に、母親に怒られないか否かが、
アタシにとっての行動基準になっていたし、
母親に声かけられる度に、すぐ
「あ、何か悪いことしちゃったかな?」と
いう言葉が思い浮かぶ。
だから、生きていることの基準が常に、
「怒られないように」というところにあった。

そう思うと、
子どもの頃のアタシにとって、
家庭というのはなかなかのサバイバル
だったんだと思う。
休まることはなかったのかもしれない。
安心することはなかったのかもしれない。
おかげさまで、
身体がカチコチに硬くなった(笑)

〈アダルトチルドレン〉による不都合

〈アダルトチルドレン〉という言葉も、
最近では馴染んできたように思える。
以前より耳にすることも多くなってきたし、
その自覚をする人も増えてきたと思う。

元々は、アルコール依存症の親の元で育った
人のことを意味していたけれども、
昨今では「機能不全家族」で育った人全般が、
大人になって生きづらさを感じており、
子どもの頃の家族関係で、

子どもらしく生きられなかった人

も、〈アダルトチルドレン〉としている。

「機能不全家族」というのは、
健全に機能していない家族であり、

* 身体的・性的・精神的虐待の起こっている家族
* 仲が(夫婦間や嫁姑間)悪い家族
* 怒りの爆発する家族
* 愛のない冷たい家族
* 親の期待が大き過ぎる家族
* お金・仕事・学歴だけが重視される家族
* 他人の目を気にする、表面だけがよい家族
* 秘密があまりにも多い家族
* 親と子どもの関係が逆転している家族
* 子どもを過度に甘やかし溺愛する家族
* アディクション(依存症)のある家族
* 他人(兄弟姉妹も含む)と比較される家族
* 親が病気がち、留守がちな家族
* 情緒不安定な親のいる家族             

など(西尾和美)

「こころのこくばん」さんブログより

この、西尾和美さんは、長年
〈アダルトチルドレン〉に特化した
心理療法家で、彼女は多くの著書を
出しており、とても読みやすいよ!

その西尾さん曰く、
日本人の80%以上が〈アダルトチルドレン〉
(以後、AC)だと言います。
それを言われていたのが、
もう10年以上前の話しなので、
今はもっと増えている気がする。

そして、この先もさらに増え続け、
90%以上になるんではないかというのが、
アタシの予測です!

“いい子ちゃん”による弊害

さて、話しは少し前に戻り。
“いい子ちゃん”による弊害は、
実際にどういうことかっていうと…

とにかく生きづらい!

恋愛も、仕事も、
人間関係も、お金も。
なんだかわからないけれど、

うまくいかない!

…ということが、起こるの。

昨日、心友と話しをしていて、
アタシもそうだし、
彼女もそうなんだけれども、
心友であり、AC仲間でもある。

そして自分たちの人生から、
「なぜこんな風になっちゃったのか?」を、
紐解いてみた。
そしたらね、すごいことがわかった!!

子どもの頃に“オトナ”やってたから

ACは機能不全家族の中で、
子どもながらに頑張って大人になろうと、
無理に背伸びしていた。
だから「アダルトチルドレン」というしね。

親の不仲を仲直りさせるため、
両親の愚痴の聞き役をやったり。
(↑これ、アタシね)

父親の虐待から、
母親を守ろうとして、
自分がわざと悪いことをするとか。

留守がちな親に代わって、
兄弟の面倒を見ようとしたりとか。

家族の中で、安心・安全を得るため、
自分に出来ることはなんだろうって考え、
そして、自分の出来ることを、
子どもながらに精一杯やっていた。
そんなことに意識が向いているもんだから、

“子ども”を思いっきりやっていない
“子ども”を思いっきり生きていない

(↑ここ、超重要!)
という、子ども時代を送っている。

ACは子どもの頃から、
役割・責任の肩代わりをしちゃってるから、
オトナ並みの使命感・責任感・義務を、
無意識に背負っちゃってる。

それが大人になってからも、
ずーっと残り続けているし、
その生き方が当たり前だと思ってる。

だからね…人から見ると、
一目瞭然…

重いわけ!!!

ACが大人になってやるべきこと

ACの人が大人になってやるべきこと。
それはね、たった一つだけよ。

子どもに戻ろう♡

…ってこと。

これまで背負ってきちゃった、
使命感、責任感、義務感を降ろして、
子どもの頃に戻って、
自分の自由を取り戻すこと。

だって、“子ども”やってないんだもん。
“子ども”の修了証、受け取ってないもの。
飛び級しすぎちゃったのよ(笑)

だから…
・心から楽しむ
・自分にワガママになる
・「イヤ」ってちゃんと言う
・「やってちょうだい」と甘える
・「これ、欲しい」とオーダーする
・感じたまんま、表現をする

子ども時代には、“子ども”をやらせるべし!

だから、子育て中の皆さんには、
ぜひともお願いしたい。

お子さんの子ども時代には、
“子ども”を思いっきりやらせてあげてください。

感じるままを受け入れ、
感じるままを許し、
感じるままを愛し、
「あれして、これして」に耳を傾け、
“どんなアナタでも愛してるよ”という
メッセージを送り続けること。

ACの生きづらさは、
大人になってからさまざまなシーンで、
影響が出てくるもの。
犯罪者のほぼ100%はACよ。

アタシはACで、
そして心理学に出会って、
とても助かったことがいっぱいある。
けれど出来れば、
健全で生きていけることほど、
幸せなことはないよね。

今の時代、そしてこれからの時代。
もっと加速していくと思われる、ACの繁殖。
自分がそうだったから、
もちろん、サポート側に回るよ。

けれどもね、
子育て中のママ・パパには、
ぜひとも意識しておいて欲しい。
“いい子ちゃん”のリスク。

Written by まついゆか

我が子をアダルトチルドレンにしない子育て!
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実践!〈対立〉が起きた時にどうする!?シリーズ⑥

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これまでのシリーズはコチラ↓
シリーズ①:“ケンカ”が勃発するワケ
シリーズ②:“ケンカ”の表現方法
シリーズ③:“ケンカ”のキーポイントは心の傷
シリーズ④:〈危険サイレン〉に気づく
シリーズ⑤:〈心の傷〉から“ホンネ”を紐解く

お待たせー!
少し時間が空いてしまいました。

さぁ、後半編では、
〈対立〉が実際に起きた時に、
どうやって修復へと向かうか…
そんなところを中心に記事にしていますが、
今回で最後となるシリーズ⑥では、

関係を深める“ホンネ”の打ち明け方

についてだよ☆

もう一つあった!? 知られていない表現方法!

さて、【ホンネ】も分かったところで、
それらを〈どうやって〉相手に伝えるか。
これって大きなポイントだよね☆

今までのコミュニケーションだと、
シリーズ②にあったように、

衝突派 or 無言派 か‥。

「アナタはどっち派?」と問いたね。
衝突派の人は激しく相手へぶつけ、
無言派の人はおとなしく引き下がる…
そんなコミュニケーション、
続けてませんか…?

が!! ここで朗報!!
なんと、もう一つの表現方法が
この世にはあるのである!!

わぁ〜お♡

その方法、知りたいっしょ???

自分の正しさが大事ってことは?

ケンカや対立が勃発する理由は、
シリーズ①で書いたように、
【お互いの正しさ主張合戦】だったね。

ということは、自分の“正しさ”って
当然大事じゃない?
大事だからこそ守ろうとして、
戦う or 逃げる??をやっていたわけ。

ここで忘れちゃいけないのが、
自分の“正しさ”が大事ってことは…

相手だって自分の正しさが大事

ってこと。
そこが大きなポイントね♡

だから自分を大切にする分、
相手も大切にする必要があるわけよ。
そうすれば、ケンカ・対立にはならない。
要するに、お互いの“正しさ”を理解し合って、
つながっていければいい。

ケンカ・対立するのは、
相手とつながり続けたいからするのであり。
つながるためには、
自分のことを理解してほしい。
そして、相手のことも理解したい。
そこが〈関係における真実〉じゃないかな。

だから“自分の価値観”は
理解してもらいたい。
受け止めてもらいたい。
認めてもらいたい。
愛してもらいたい。

そして、
“自分を知ってもらう”ことは必要で、
そのためには【ホンネ】を伝えること。
そして、相手の【ホンネ】も受け取ること。

自分がやってもらいたいと思うことは、
まずは自分がやることね!

自分も相手も大切に…

そしたら、いよいよ実際の“伝え方”だよ!

ポイントとしては、
①事実や出来事
②自分の気持ちや影響
③考えやニーズ
を、「私は」を主語にし、
“穏やかに”伝えること。

この②と③のところが、
【ホンネ】の部分だね!

以前のアタシの話しを例にすると。
例えば、仕事で自分のペースを乱されそうで、
自分の中で「カチン」の音が聞こえてきたら…

「アナタのそのペースに合わせると、
 私は急かされているようで、
 自分のパフォーマンスを発揮できないから、
 私のペースに任せてもらうか、
 もしくは、もう少しだけペースを
 落としてもらえると、
 助かるんだけど、どうかな?」

といった具合に、交渉をするの。
戦うでもなく、
押し付けでもなく、
我慢でもなく、
逃げるわけでもなく。
交渉・提案をするわけ。

①事実や出来事
 →アナタのペースに合わせる
②自分の気持ちや影響
 →自分のパフォーマンスを発揮できない
③考えやニーズ
 →私に任せてもらう or
  もう少しだけペースを落としてもらう

という感じ。

これがもし衝突派の人だったら、
「なんでアンタのペースに
 合わせなきゃいけないのよ!!」と、
突然ブチ切れる。

無言派の人だったら、
ストレスを溜めながら、
黙って相手のペースに合わせ続け、
「この人と仕事はもうしない…」と
心の中で誓う。
けれども、それが免れない状況だと、
黙って辞めていったり、
正当な理由を言って離れていったりする。

こうして、自分の【ホンネ】を言わないことで、
関係が悪化したり、離れてしまったりする。
悪化させず、離れもせず、
むしろ〈より関係が深まる〉コミュニケーション
が実現するのが、
この自分も相手も大切にする方法。
これを〈アサーション〉と言います〜

大事な相手だからこそ…

大事な相手だからこそ【ホンネ】を伝え、
つながり続けるための関係を築いていく。
もし「つながり続けなくてもいいや」
…と思える相手なら、
衝突して終わり‥でもアタシはいいと思ってる。

関係を続けるか否かも、
自分の選択次第。
だから、無理に続けなくてもいい。

そして、もう一つ大事なこと。
それは相手にも当然選択する権利がある。
なので、こちらから歩み寄ったりしても、
相手が拒否するってこともあるし、
その覚悟は持っておかないといけない。

こちらの気持ちやニーズを伝えたところで、
相手が自分を受け入れてくれないならば、

相手の選択を尊重する。

これも〈アサーション〉なんです。

実際のところ、
〈アサーション〉を使ってみようと思っても、
なかなか上手くいかないことが多くある。
なぜなら〈アサーション〉は、
単にハウツーだけじゃなく、
“在り方”がとーーっても大事だから。
“在り方”というのは姿勢や態度、
どんな考え・意思を持っているのかという、
自分の【基盤・スタンス】だね。
これもトレーニングだね。

その“在り方”を整えるため、
〈心の傷〉を見たり、
〈ホンネ〉探しをしたり、
自分の内側を見ることについても、
記事にしてきました。

いつか〈アサーション講座〉も、
やっていきたいと思ってます♪
もぉ〜やることが多すぎて困っちゃう♡

ということで、
シリーズでお届けした前半編の、
“ケンカ(対立)”こそが関係を深める!
そして後半編の
実践!〈対立〉が起こった時にどうする!?
は、いかがだったでしょう?

少しでも、皆さんの日常生活の中の
ヒントになればと思います☆

Written by まついゆか

大事な人との関係を
修復したい方を、
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実践!〈対立〉が起きた時にどうする!?シリーズ⑤

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これまでのシリーズはコチラ↓
シリーズ①:“ケンカ”が勃発するワケ
シリーズ②:“ケンカ”の表現方法
シリーズ③:“ケンカ”のキーポイントは心の傷
シリーズ④:〈危険サイレン〉に気づく

さぁ、後半編では、
〈対立〉が実際に起きた時に、
どうやって修復へと向かうか…
そんなところを中心に記事にしていくよ!
シリーズ⑤となる今回は、

〈心の傷〉から“ホンネ”を紐解く

についてだよ!

〈対立〉の結果が生み出す関係

〈対立〉が起こっても、結果はさまざま。
対立自体を避けることもあれば、
一通りはぶち撒けてみたり。
その結果、
きちんと話し合って和解することもあれば、
何気なくいつも通りの
コミュニケーションに戻って、
いつの間にか溝が埋まっていたりなどなど。


相手や関係性によって、
〈対立〉の結果の形が違うのは、
シリーズ②であった
“表現方法”の違いも影響している。

そもそも〈対立〉が起こることは、
全くもって悪いことではない。
むしろお互いの違いについて
知ることができる場面なので、
悪いことどころか…

本当はウェルカムなんである。

けれども、
あまりいいイメージを持っている人は少ない。

〈対立〉した結果として、
遮断したり、距離をおいたり、
拒否したり、離別することで
決着をつけるパターンも多くあるかと。

でも、本当の本当に
その結果を望んでいたんだろうか…?
というと、それは違うと思うの。

どーすることも出来なくて、
どーしたらいいのか分からなくて、
何回も対立して、
ぶつかり合って、
お互いが傷だらけでボロボロになって、
そして別れてゆく。。
本当は、そんなこと望んでなんかいない。
離別を選んだことで、
表面的には解決したように見えても、
より傷が深くなっているっていう場合もある。

離婚もその一つ。
いろんな〈対立〉が起こって、
ひと悶着もふた悶着もして…最終的には
「価値観が合いませんでしたね」といって
サヨナラみたいな。。

価値観が合わないことを理由に別れるなら、
一生独身でいろ〜!って思っちゃう。
だって、価値観が一緒なんてこと、
絶対にあり得ないから。

価値観が違う人と
一緒にいることに価値があり、
意味があるのよ。

でも、そんなこと、
言われなくたってわかってるよね。
ホントはそこじゃないよね。
ケンカしたいわけじゃない。
対立したいわけじゃない。
嫌いになんてなりたいわけじゃない。
けれど…どうしていいかわからない。
だからこそ…苦しい。

なのでね、
〈対立〉を早い段階で解消できていて、
お互いが受け容れ合うようになれれば、
いいんじゃないかって思う。
アタシが両親に一番望んでいたこと。

じゃ、その〈対立〉を
早い段階で解消する…ってこと、
どうしたらいいのさ?ってことよね。

Step②〈心の傷〉から
“ホンネ”を紐解く

さぁ、本題に入っていきましょ!
前回シリーズ④では、
『実践Step①
 自分の〈危険サイレン〉に気づく』

ということをお伝えしたね。

自分の〈危険サイレン〉に気づくには、
“カチン”ポイントが目印。
自分の中に「カチン」という音が
聞こえたら、そこから〈心の傷〉を
紐解いていくこと。

〈心の傷〉というのは、
アタシの例を出したけれども、
大抵は古傷がほとんど。
その古傷というのは、
生まれてから10歳くらいまで。
とても繊細な時期なので、
傷を負いやすい。
特に親子関係においてはね。

…で、〈心の傷〉を発見し、
そこで終わり‥チャンチャン!

・・・てなことには、ならんよね。
ここからが、
【関係が繋がるか、別れるか】
の分岐点なのだ。

例えば、アタシの心の傷。
前回書いた例題①
『自力で、自分のタイミングで、
成長できない』の場合。

…で、どうしたいの?
どうさせてほしいの?
という、自分の要望がある。

「放っておいてほしい」
「助けてほしいときは、
 自分で“助けて”って言うから」
「見守っててほしい」
「信じて待っててほしい」

ここが、アタシのホンネ。

例題②
『私は世界の基準に達していない』

…で、どうしたいの?
どうさせてほしいの?

「自分の価値は自分で認めたい」
「世間の基準に合わせなくてもいい」
「人は人、アタシはアタシ」
「“わからない”ことは悪いことではない」

ここが、アタシのホンネ。

〈心の傷〉の奥には、
もう一歩〈要望(ニーズ)〉が、
眠っているのだ。

↑ニーズさん

“傷を負う”ということは、
自分の中だけの“真実”が存在する。

過去の自分史の中で、
“自分の真実”を
理解してもらえなかったり、
応えてもらえなかったり、
認めてもらえなかったり、
愛されなかったりしたことで、
傷ついてしまうのだ。

“自分の真実”こそが、
【ホンネ】なんである。

だから、【ホンネ】をハッキリと
明確にしておくことって大事。
自分が本当に何を求めているのか?
自分が本当はどうしたいのか?
自分が本当はどうしてほしいのか?

まとめ

関係を深めるステップは、
① 自分の“カチン”ポイントを発見する

② “カチン”から〈心の傷〉を探求する

③ 〈心の傷〉から【ホンネ】を探す

ここまでは、
発見するとか、探求するとか、探すとか。
とにかく“自分の内側”を観ること。

【ホンネ】までたどり着いたら、
さぁ、いよいよ相手に伝えるときだ!!

次回のシリーズ⑥は、
【関係を深める“ホンネ”の打ち明け方】
についてだよ!
どうぞお楽しみに♡

Written by まついゆか

〈心の傷〉から
【ホンネ】の道のり、
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実践!〈対立〉が起きた時にどうする!?シリーズ④

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これまでのシリーズはコチラから↓
シリーズ①:“ケンカ”が勃発するワケ
シリーズ②:“ケンカ”の表現方法
シリーズ③:“ケンカ”のキーポイントは〈心の傷〉

さて、今回からは後半編。シリーズ④は
【実践!〈対立〉が起きた時にどうする!?】

これまでの前半3回で、
“ケンカ”の仕組みやら裏側っていうのは、
なんとなく分かってもらえたかしら?
ここからは、“ケンカ=対立”として、
話しを進めていくよ!!

傷だらけになってボロボロっす…

ケンカ・対立が生み出すもの…
それはまさに“心の傷”だよね。

“古傷”を掘り起こされるとか。
新しい“傷”をつけられるとか。
傷ついたばかりの“生傷”に塩を塗られるとか。

お互いの“価値判断”という名の刃物で、
お互いの心に傷がついていく。
そんなコミュニケーション…したい?

No thank youよね!

前回のシリーズ③で、
〈心の傷〉を自分で認めてスタート地点!

…と、書きました。

自分がどんな〈心の傷〉を持っているのか、
知っている方が自分のためになる。
そこを知らずに対立を繰り返してしまうと、
気づけば「ボロボロっす…」となるからね。
そうなると…手遅れとなることも…

Step①〈危険サイレン〉に気づく

さて、自分の中にある〈危険サイレン〉。
これが自動発動するタイミングを、
まずは自分で知ること。これ大事。
そこに自分の〈心の傷〉があるからね。

例えば、アタシの場合…
① 自分のペースを乱されるとカチンとくる
② 当然のように「これくらい知ってるでしょ?」
 的な見下され言動にカチンとくる
・・・みたいな。
もっと、いっぱい、いっぱいあるけどww
(今回はひとまず例としてね)

こういう自分の中の“カチン”ポイント。
ここを知っておくのがわかりやすい。

この“カチン”ポイントに触れられた時、
瞬間湯沸器並みのスピード感で沸点に達し、
それがイコール〈危険サイレン〉となるから。

① 自分のペースを乱されるとカチンとくる
→これは、母との関係で出来上がった古傷。
 「アタシのペースでやるから
  放っておいて!!」
 「今やろうと思ったのに!」
 いろいろと口や手を出されて、
 自分のペースを“乱される”感覚があった。
 自分のベストなタイミングやペースで、
 自力で成長をしたかったのだ。
 それをジャマされているような、
 乱されているような感覚は、
 同時に「自分の力を信じてもらえない」
 ような感覚に陥ってしまうのだ。
 だから仕事などにおいても、
 相手のペースに合わせることは絶えられない。
 そこに触れようもんなら、
 アタシは噛みつくか逃げる。

 この場合の〈心の傷〉は、
 「自力で、自分のタイミングで、
  成長できない」

② 当然のように「これくらい知ってるでしょ?」
 的な見下され言動にカチンとくる

→これは学校生活で出来上がった古傷。
 競争社会のような学校生活において、
 成績、順位などで比べられることに、
 とても苦痛を感じていた。
 自分を“低い人間”と感じていたり、
 “出来ない人間”だと感じていると、
 どんどん負のループに入っていき、
 自分を閉ざしていった。
 こうして完璧に仕上がった、
 アタシの【劣等感】はご立派。


 当然のように「これくらい知ってるでしょ?」
 と言われると、みんなの言う「これくらい」
 という基準値に、
 自分は追いついてないと思ってしまう。
 そして、その言動が【見下された】という
 解釈の仕方をするから、
 そこに触れようもんなら、
 アタシは噛みつくか逃げる。

この場合の〈心の傷〉は、
 「私は世間の基準に

   達していない」

このように、自分の“カチン”ポイントを知る。
そのためには、相手のどのような言葉や、
行動で“カチン”と来ているのか…を、
まずは自分で知ることが第一歩。

そして、その“カチン”を紐解いて、
その奥にある〈心の傷〉を発掘するのだ。
その〈心の傷〉に気づけたときから、
自動的に鳴り響いていた危険サイレンは
自分で止めることが出来るのよ。

さ、次回のシリーズ⑤は、
【〈心の傷〉から“ホンネ”を紐解く】
について書くよ。お楽しみに♡

Written by まついゆか

“カチン”ポイントから、
〈心の傷〉を探求するサポートします♡

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“ケンカ”(対立)こそが関係を深めるとき!シリーズ③

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これまでのシリーズはコチラから↓
シリーズ①:“ケンカ”が勃発するワケ
シリーズ②:“ケンカ”の表現方法

さてさて、シリーズ③は
【“ケンカ”のキーポイントは〈心の傷〉】

“ケンカ”って気力・体力を使うから
お互いにとても疲れるし、無言派は無言派で、
不完全燃焼なモヤモヤがずーーっと続く。
当然お互いが嫌な気分になるわよね。
(“無言派”についてはシリーズ②をチェック)

“ケンカ”した後って、
「こんなこと、したいわけじゃないのに…」
とか、「本当は仲良くしたいのに…」とか
思いません?

ということは、〈“ケンカ”という手段〉を
取りたいわけではなく、

本当は別の方法で
相手と仲良くなれたらベスト!!!

ってことよね。
第1弾でお伝えしたように、
“ケンカ”というのは
〈自分の正しさを主張しあった対立〉だから、
まずは“自分の正しさ”ってものが、
そこには存在している。

じゃ、その“自分の正しさ”というのは
何かというと…

〈自分の価値観〉と“ほぼ”イコールね。

この“ほぼ”ってところがミソ。

〈自分の価値観〉は自分が生きてきた中で
身についた物事に対する見方や解釈。
そこに「私の価値観が正しい!」という
観念が入ると、それが
「自分の正しさ・(自分の中の)真実」として
固まっちゃうわけ。
すると、それが単なる〈価値観〉じゃなくなって
〈価値判断〉となり、
ジャッジメントが入ることになる。
だから、完全イコールじゃなく、
“ほぼ”が付く。

ただ単に「価値観が違う」ということを、
「あぁ、私たち価値観が違うのね。」で
本来は終わる話なのよ。
それを正しいとか間違ってるといった
モノサシから見ちゃうから、
【正しさの主張合戦】が始まっちゃうわけ。

だから、そこに「正しいか間違っているか」
という二元の話しになった瞬間、
【対立】が勃発。その【対立】が
表面化したものが“ケンカ”であり、
その“ケンカ”の表現方法として、
衝突派と無言派がいるの。
ここまでOKかしら?

では振り返りをしたところで、
早速、第3弾へ行ってみよう!!

シリーズ③ “ケンカ”のキーポイントは〈心の傷〉

今回は「“ケンカ”のキーとなるのは、
自分の中にある〈心の傷〉」について。
なかなか認めたくない部分なんだけど、
ここを認めないと関係性は深まらないよ。
ここを乗り越えてこそ、
新しい関係が生まれる!!
…ということを、信じながら読み進めてね♡

冒頭でお伝えしたように、そもそも
〈お互いの価値観の違い〉というものに対し、
お互いが寛容になれたらいいわけよね。
けれども、寛容になれずに「自分の正しさ」を
主張してしまうから
“ケンカ・対立”に発展してしまう。

そして「自分の正しさ」には、
なんと自分自身の“傷”が存在している。
癒えていない傷がそこにはある。
だからその傷に触れないように守ろうとして、
相手の価値観の違いを
非難・否定することをする。
要するに、相手を“NO”とする。

ということで、対立(ケンカ)は
自分の傷が作り出したもの!
その〈心の傷〉というのが
第1弾でお伝えした、
・認められたい
・愛されたい
・信じて欲しい
・優位に立ちたい(勝ちたい)

…など。ここが“傷”と直結している。

〈心の傷〉を認識していない私たち

「自分には、〈心の傷〉なんてものはない!!」
と言いきる人がいる。
もしくは、
「はて?〈心の傷〉とは、何のことかね?」と
自覚していない人もいる。

しかし私たちは、少なからずとも、
大なり小なり〈心の傷〉を抱えて生きていて、
「傷がなくてまっさらでーす!」っていう
人は…いない。
自分の心に傷があるなんて、
認めたくないもの。
だから向き合うのは怖いことだし、
“無いもの”にするということで、
心の安心・安定・平穏を保とうとする。

誰にでも大なり小なり傷があると、
なぜ言い切れるのか?

それは誰にでも“親”という存在があり、
その“親”からの価値観を受け継ぎながら
生育する中で、〈自分〉という個と、
親の価値観との間に相違・摩擦が起きたり、
また社会というステージに出た時、
家庭での価値観と他者・社会・世界の
価値観との間に相違・摩擦が起きたりするから。

その摩擦の中で、
「認めてもらえなかった」
「愛されなかった」
「信じてもらえなかった」
「受け容れてもらなかった」
といったような、ガッカリした体験。
敗北感や絶望感など、大小関わらず感じている。
また人間関係においてだけではない。
例えば事件・事故・病気などといった
予想外の出来事と出会したことによって、
傷つくってことも当然ある。

けれども、教育や大人からの教えの中で、
「泣くな!」
「強くなれ!」
「我慢しろ!」
「弱音を吐くな!」
と言われてしまうから、傷ついたことを
“無かったもの”のように扱う手段をとってきた。
それが一番手っ取り早かったし、
その方法しか知らない。
だって、上から(大人から)そうやって
押し付けられるんだもの。
それが正解だって思っちゃうよね。

そして、いつしかそれが
当たり前のようになるし、
泣く自分、弱い自分、我慢できない自分を
〈ダメ人間〉と位置づけ、
感じていることを封印して走り続ける…
ということを、ずーっとやってきてるのだ。

〈心の傷〉を自分で認めてスタート地点

ズバリ、対立・ケンカする相手というのは、
自分の〈心の傷〉を触発する、
脅かすような存在。

自分の〈心の傷〉に触れてくるから、
自分の中で「危険です!!」というサイレンが
鳴り響き、とっさに反応する。
そして「自分の正しさ」を盾としながら、
理論武装したり、
衝突派でケンカをふっかけたり、
無言を貫き通して拒絶したり。
要するに、逃げるか、戦うか…?の
戦闘モードになる。

あまりにも一瞬の反応すぎて、
自分でもなかなか意識できないくらいの
スピードでそれは起こる。
だから、「気づいたらケンカになっていた…」
ということになるし、冒頭でお伝えしたような
「こんなこと、したいわけじゃないのに…」、
「本当は仲良くしたいのに…」ということを、
後々になって思ったりするわけだ。

対立やケンカを、〈関係性を深める〉ための
ステップや過程とするには、
やはりトレーニングが必要なんだよね。
そのはじめの一歩としては、
自動的に鳴り響くサイレンを自分で止めること。

そのサイレンを自分で止める方法は、
またシリーズ後半戦で書くね!
前半戦はここで終了!

さて、いよいよ次回は、
【実践!〈対立〉が起きた時にどうする!?】
についてだよ。

Written by まついゆか

自分の〈心の傷〉を発見して癒やす。
そして、関係性を新しくしていくお手伝いをします!

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“ケンカ”(対立)こそが、関係を深める!シリーズ①

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なんとな〜く…“ケンカ”って、あまりよくないイメージを持っている人も多いと思う。

日本人は元々国民性として、“調和”を重んじる精神があるし。対立や闘争といったことは遺伝子的にも肌に合わない。
それに、なによりも“ケンカ”をすると、やはり気分としてはよろしくない。苛立ったり、落ち込んだり、疲れたり、悲しかったり、後味悪かったり…いわゆる〈ネガティブな感情〉が出てくるし、とても多くのエネルギーを消費する。
だから“ケンカ”って、あまりよくないイメージを持ちやすい。

また、たいてい子どもの頃の教育では、「みんなと仲良くしなきゃダメよ!」と言われてきたり、「人を嫌いになっちゃダメ」とか、「ケンカしないように仲良くするのよ!」とかって、誰もが親から一度は言われてきてるんじゃないかって思うの。これも、親自身が“ケンカ”に対して、良いイメージを持ってないからだよね。だから、禁止しようとする。

こうして私たちは子どもの頃に、表面的な“仲良しこよし”をやってきたわけだから、どうやって嫌いな相手・苦手な相手・意見の違う相手と付き合っていいものか…本当の術を知らない。どうやったら繋がるのか、繋がり直せるのか、知らないのである。

「ダイバーシティ」っていう言葉だけが先走っちゃって、「価値観の多様化を受け容れていくのだー!」って言ったところで、価値観の違う相手と、んじゃーどうやって理解しあっていくのよ??…という話になるわけ。だってやったことないんだもの、やり方なんて知らないのよ。

だから、価値観の相違が起こったときに、怒りをぶちまけて派手にケンカしちゃったり、

相手を完全に無視をして自分の世界から見えないようにする‥という、

どちらか2択をついついやりがち。
今日はそんな“ケンカ”が起こった時、【関係の深め方】について、シリーズ化してお伝えしていくよ!

シリーズ① “ケンカ”が勃発するワケ

シリーズ①は【“ケンカ”というのは、そもそもなぜ起こるのか?】ってことについて!

“ケンカ”というのは、ズバリ!

〈それぞれの正しさを主張しあった対立〉

なんだよね。

Aさんが言ったことに対して、Bさんが「そうだね。」と受け容れたら、別にケンカにはならないわけ。
Aさんが言ったことに対して、Bさんが

「いや、君の言っていることは間違っている!!正しくは◯◯である!」

…と否定するから、ケンカになる。
要するに、相手の正しさと自分の正しさのぶつかり合いってことね。

【私が正しい】ということを証明することによって、本人の中で得られる

“なにか”

が、そこには存在している。だからこそ、必死になって自分の正しさを主張し、且つ相手を負かそうとしたり、飲み込もうとしたり、言いなりにさせようとしたり‥なんてことが態度となって現れるのだ。

んじゃ、なぜ人は正しさを主張したいのか?
その“なにか”って何??というと…

人によってまちまちなんだけれども、代表的なもので言うと
「認められたい」
「愛されたい」
「信じて欲しい」
「優位に立ちたい」(=勝ち負けの世界)
とか…いろいろと、その人なりの隠れた理由があるわけ。

自分の〈正しさ〉を証明することによって、
「私は認められた」
「私は愛された」
「私は信頼される」
「私がエライ(勝った)」
ということを、得ようとしている。それを得ることで、心の安定が図れるのだ。
嗚呼、なんとも人は健気で繊細…


先ほど、「相手を否定すると“ケンカ”になる」って言ったけど、否定するってことは「受け容れ難い」ということ。受け容れ難いということは、相手の意見を認めてしまったら、自分の中の“なにか”が脅かされる怖さが無意識にある。

その怖さっつーのが、
・認められないかもしれない
・愛されないかもしれない
・信頼されないかもしれない
・負けるかもしれない
…それを味わうくらいなら、戦ってでも守ろうって思うっちゃうのよね。

けれども戦ってみた結果、認められない、愛されない、信頼されない、敗北感‥ということを現実として味わっていたり、自分の意見が通ったり採用されたりすると、一瞬は優越感を味わうけれども、同時にどこか虚しさを感じる。

Why???

まとめ

このように、“ケンカ”が勃発する背景には、お互いのさまざまな感情が絡み合っているわけだ。おさらいするよ!

①コミュニケーションの中で、聞き捨てならない意見・価値観をキャッチ!
②自分の奥底で渦巻く“なにか”が騒ぎ出す
③相手の異なる意見・価値観を受け容れられないと判断
④反発、抵抗、拒否、否定、非難をする=ケンカを吹っかける
⑤それに対して相手も反応を示す‥大なり小なり“ケンカ”(対立)が起こる
⑥虚無感、疲弊感、空虚感など味わう
⑦離別、距離が遠くなる、繋がりが切れる

こんなステップを瞬時に踏んでいるわけですよ。
“ケンカ”が勃発するワケ、わかったかしら??

さぁ、今回から小出しスタイルにしちゃいます♡
次回のシリーズ②は【“ケンカ”の表現方法】についてだよ。お楽しみに♪

Written by まついゆか

ケンカや対立に悩んだら…
個人セッションでまずは自分の中の〈正しさ〉発見をしてみましょう〜☆

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生きづれぇ〜アタシ!

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どんなに勉強していたって、どんなに知識を持っていたって、どんなにこれまでもセッションを受けていたって、やっぱり「生きづれぇ〜!!」って思うことってある。その度に思うのである。
「こんなに学んできたのに?」
「こんなに自己探求してきたのに?」
「こんなにカウンセリング受けてきたのに?」と。

はて…何が起こっているのだ?

完璧な人間はいなくって。カウンセラーだって、セラピストだって、医者だって、弁護士だって、先生だって、政治家だって…“完璧”なんて言える人なんて、どこにもいない。そもそも“完璧”ってなんじゃい!!

例えばAさんがBさんに対して、「Bさんは、完璧よねぇ〜」と言ったとする。そういう場合、Bさんの【どこを見て】完璧と思っているのか…がポイント。
AさんはBさんの「仕事を正確にスピーディーにこなすところ」に対して、“完璧”という表現をしたのだとすれば、Aさんは自分自身に対して「私は仕事でミスしてしまい、スピードだって遅い」と思っているのである。
だから、人の“出来ている”部分に目がいって、しかも“完璧”という言葉で表現をしている。

そんなん、ウソ、ウソ〜

何がウソって・・・
1つは、「Aさんは完璧ではない」。
そしてもう1つは、「Bさんだって完璧」である。
要するに、見る角度によって映り方が違うっていうだけの話し。

そしてBさん自身は思うのである。「Aさんは、完璧よねぇ〜」と。BさんはAさんの【どこを見て】完璧と思っているのか。「だって、Aさんは周囲に気遣いが出来て、容姿端麗で、みんなから愛されるような存在だもの」と。


ということは…復習しますと、Bさんは自分のことを「私は自分のことしか考えていなくって、ブスで、みんなから愛されるわけがない」と思ってるってこと。

そんなん、ウソ、ウソ〜

Aさんが完璧であろうとなかろうと。
Bさんが完璧であろうとなかろうと、どうでもいいってわけ。
すべて幻想なわけ。
都合のいいように勝手に見ているだけなわけ。
どこにも〈真実〉はないわけ。
そこが大事なんじゃない!! みんな、大事にするポイントが違うのよ!

そんな〈幻想〉の奥にあるもの

こうして人は、他人と比較することで、自分の【出来なさ具合】を再認識してるってこと。じゃーなんで、そんなことしちゃうの?・・・ってとこよね。

実は、自分を【出来ない】と思っているメリットがそこには隠れてまーす!
メリットとして挙げられるのは…
*「出来ない自分」は、心配してもらえる
*「出来ない自分」は、助けてもらえる
*「出来ない自分」は、かまってもらえる
*「出来ない自分」は、気にかけてもらえる
要するに…

もれなく、“愛”がもらえる〜♡♡

・・・と、思っているのだ。「出来ないポジション」を確保することで、な、な、なんと愛がもらえちゃう!! まぁ、なんてお得だこと!!
もっと言っちゃうと、【自立しなくて済む】んだよ。自立しなくて済むってことはさ、依存的に生きていけるってこと。そりゃー楽チンよねぇ〜😁

その“愛”すら幻想だったら?

で、もらえると思っていた“愛”。けれども、これすら幻想だとしたら?
あぁ…おそろしや〜😱
そんなこと、考えたくない!思いたくない!!感じたくない!!!…よね。

けれど、ズバリ申し上げます…

それは過去の亡霊です!!

うぎゃ〜〜〜〜

そう、過去の亡霊なんです。
欲しいと思っている“愛”とは、過去の亡霊=執着。親からもらえなかった愛に対する【執着】以外、何者でもありましぇん!

生きづらさを感じているときは、亡霊に取り憑かれている

この亡霊さんこと、【執着】はなかなか厄介者。自分が“生きづらさ”を感じているときは、大抵がこの亡霊の仕業だと思いましょう。

亡霊はいろいろな悪さ好きです!
■思ってもいない言動や行動をする(自動反応と言う)
■頭の中でいろんな言葉が飛び交い自分を洗脳する(ビリーフと言う)
■周囲に噛みついたり、突っかかったりする(心理ゲームと言う)
■自分を痛みつけ、どんどん内側に引きこもる(内的帰属と言う)
大体はこんなようなこと。

こういった悪さに取り憑かれた時は、自分の【執着】を手放すチャンス☆ ただね、【執着】は何重にも何層にもなって、複雑に絡み合ってるのよ。。
だから、それを一つひとつ解いていくっつーのが一人では出来ないわけ!
だから、カウンセリング・セラピーが必要なわけ!

不安・悩みはそんな簡単になくなんないからね!

ということで、これは毎度、声を大にして言わせていただきたいと思うけど。

そんな簡単に悩みとか不安とか
無くなんないから!!!

だってさぁ、生きてきた分だけ、ドラマがあり、感情があり、思い込みがあり、いろんなものを背負ってきているわけ。それを一つひとつ解いていくわけだからさぁ、一回とかで「はい!綺麗サッパリしました!!」なんて…そう簡単にならないわけよ。なるわけがない! 逆になる方が怪しいわ!
私だって12年くらい、この世界にいたってさぁ…ま〜ったく無くならないわけ!悩みも不安も、次から次へと出てくるわけ。
その度に自分を見つめ、過去の自分に触れ、亡霊とサヨナラを繰り返いてるんだよ。最近だってさぁ、自分の亡霊に取り憑かれてさぁ、コントロール失うわけ。

アタシ、またかよ!!

…と思うわけよ。でも、仕方ないよね。
だって、自分がそれを背負ってきたわけだし、自分が傷ついてきたんだもの。その傷が癒えていなきゃ、亡霊も成仏しないわけよ。

んじゃ、どうすりゃ楽になるのさ?

どうすれば楽になるか…? これは意外とシンプルよ。

まるっと、あるがままの自分を受け容れる

しかないな。
亡霊に取り憑かれる自分をもさ、まるっと引き受けるわけ。そうするとさ、「ま、これが私だよね」ってなるじゃん。
そんな自分がダメだ!・・・とか。
あの人はあんなにやってるのに!・・・とか。
結局は、生きづらさを感じているのは、【自分で自分を傷つけている】ということ。そのサイクルに入ると、本当の本気で苦しい。わかるよ、わかるよ。私も未だにやるからね。

自分で自分を傷つけて、人からの愛を求める。けれど、愛を与えてあげるのは、他の誰でもなく自分しかないの。

外に向けて「ちょうだい、ちょうだい」していると人は離れていく。
自分で自分を傷つけていると「あぁ…私なんて…」と生きてる心地がしない。
執着に固執していると、視野が狭くなる。
執着しているものを「逃さまい」として握りしめる。握りしめたものは…窒息して息苦しくなって、息絶えてしまう。

冒頭のAさんとBさんの話し。
それぞれ「相手が完璧」なのではなく。
それぞれお互いは…

既に完璧なのである。

お互いが「私たち、完璧だよね」と言い合えてこそ、はじめて人間関係というのは活かし合う関係になってゆくのです。

執着を紐解くために…

ということで、【執着心】を紐解き、より健全な自分との人間関係、他人との人間関係を築くためには、ぜひカウンセリング・セラピーを活用してちょ♡
一緒に、アナタの中にある亡霊探索しましょう〜♪(誰にでもあるからね!)

Written by まついゆか

♡個人セッション申込♡

今度の月曜日!! 14日は横浜に集合♡

いよいよ来週月曜日(祝日)、1月14日に横浜市桜木町にてお茶会をします♡
美味しいお茶菓子を食べながら、ゆるっと自分の人間関係を振り返る場所。今回は『プライベートにおける人間関係』をテーマにしています。
まだお席に余裕がありますので、ぜひお気軽に来てくださいー♪

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人生が変わり始めるきっかけ②

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前回に引き続き、人生が変わり始めるきっかけについて。今回は私の体験を中心に書こうと思います。

★前回の記事はコチラから★

まずは自分の課題に気づく

前回の記事に書いたように、LPL養成講座では心理療法のノウハウを学びに行っていたつもりが、いつの間にか自己探求の道を進んでいました(笑)

私自身は、過去にも自分の課題となることには取り組んできた(つもりだ)し、楽しい人生を送っているし…と、LPL受講の時は平然としていました。「自分には何もありません」とか、「皆さんほど、大変な人生ではありませんですし…」というような態度でいましたし、本当にそう思っていました。学ぶ意欲は高かったけれど、自分に向き合うことにベクトルは向いていなかったのです。

LPLは2年連続受講をしたわけですが、1年目のときにちょっとだけ「あぁ、パートナーシップにまだ課題あるかなぁ? 付き合う男性との間には、これまでもいろいろ問題があったしなぁ…」と思うようになりました。平然としていた自分の心(水面)に雫が落ちたような感じです。


また興味深いことに、パートナーシップ(特に女性の場合)の課題は、〈お金〉の課題にも結びつくそうです。そういうことでいうと、異性との関係も、お金との関係もうまくいっていない=パートナーシップに問題有りだということを、1年目の受講のときになんとなく自覚をし始めました。

自覚したものの、平穏な日々が続く

自分の中の課題が、ぼんやりと見えてきたものの、どうやって解決へと取り組めばいいのかしら…?と思いながら、なんとなく保留にしていた2018年の前半。
特に困ったこともなければ、平穏な日々を過ごしていました。当時お付き合いしていた彼と平穏にコツコツと過ごす日々を幸せに感じられていたし、特に大きな悩みを抱えることもなく日常が過ぎていきました。

LPLは毎年5月〜11月までの講座になっています。平和な毎日の中、5月から2年目となるLPLがスタートしましたが、引き続き学ぶことへの意欲は高く、自分へのベクトルはあまり向いていないという相変わらずの受講姿勢。心の奥底でパートナーシップの課題が疼いていることなど露知らず‥といった状態でした。

図と地が反転するとき

少し専門的な話しになってしまいますが…。
心理学の一つに〈ゲシュタルト理論〉という学問があります。このゲシュタルト理論の考え方に、【図と地の反転】というものがあります。意識の前面にあるものを「図」といい、意識されず背景となっている部分を「地」といいます。どこに意識を向けるかによって、「図」と「地」の反転が生じるわけです。意識されず「地」になっていた潜在意識の領域にあるものを、ワークやセラピーの気づきによって顕在意識へと登らせること。潜在意識にアプローチすることで、無意識に行っていたことを意識化させていく療法が〈ゲシュタルト療法〉なんです。

有名でわかりやすいのが、「ルビンの壺」ですね。壺(or盃)に見えるか、二人の人が向き合っているように見えるか。どちらに意識がフォーカスされるかで、図と地が反転することを体験することが出来ます。
これが心の世界でも起こっているということです。

欲求が満たされると、それは地へと後退し、特定の図に対する関心はなくなり、また別の新たな図が現れることを〈ゲシュタルトの形成崩壊〉と言いますが、このゲシュタルトの形成崩壊がスムーズに行なわれていることが正常なのです。

話しが少し逸れましたが…本題へ戻ると、私の中の【図と地の反転】が起こりました。これまで平和で平穏な日々が「図」だったのに対し、「地」を意識するようになりました。その「地」というのが、私にとっての“将来”というものでした。パートナーとの間における“将来”というのは結婚や同棲などの形式はさておき、とにかく“現状からの進化系”を求めるようになってきたのです。要するに未来へと目が向くようになったのです。これまでは“今を楽しむ”ということを「図」にしていた関係。けれども、その欲求が満たされたので「地」へと後退し、別の新たな「図」として、“将来・現状からの進化”に意識が向くようになりました。

私の場合、この図と地の反転が激しく早い(笑)そんなところも、相手を困らせるうちの一つだと思うのですが。。

私の潜在意識にあった“本当の願い”とは?

新たな「図」が浮かび上がった私は、「自分は心底、本当に結婚を望んでいるんだろうか?」ということを自問自答するようになりました。
なぜなら、これまでも「結婚したい!」と言い続けながら、実はどこか疑っている自分が心の奥底にいたことを自覚していたからです。

頭の中の言葉を表現すると、こんな感じです。
●生涯一人っていうのはやだなー
●女性という性を受けたわけだから、子供も欲しいし、育むことをしたい
●とはいえ…結婚って本当に幸せなのかなー?
●そもそも‥みんな、どうやって結婚に至ってるの??謎!!
●なんとなく…パートナーと“繋がり感”がないなぁ。コミュニケーションが足りないのかな?
そんなことを思っていました。

それと同時に自分の潜在意識には、こんな感覚がありました。

●結婚すると惨めになる
●結婚しても幸せにはならない
●男は逃げていく
●結婚は苦労する
といった感覚です。これは考えや思っている思考ではなく、“感覚”が自分の奥底にズッシリとありました。そして、この感覚というのは、幼少期に自分が父と母を見て感じ取っていたことでした。
このように結婚に対する嫌悪感・不信感があったので、私の潜在意識にあった“本当の願い”とは「結婚(パートナー)を信じず、自立して一人で生きていく」ということだったのです。

ニセの自立をしていたことに気づかされる

「ニセの自立」をしていたことに気づかされたのは、8月に受けたあけみちゃんの個人セッションでした。そう、きっとここから徐々に自分の【潜在意識の書換】が行なわれてきたんだと思います。

きっかけは、たしか今年の6月頃。ふと「師匠としているあけみちゃんのセッションを、自分が受けたこと無いって、いかがなものか??」と思い、個人セッションの申込をしました。あけみちゃんは多忙でスケジュールがカツカツなので、申込をしても2〜3ヶ月待ちになる人気セラピスト♡
特に緊急の悩みや相談があるわけではないし、「あけみちゃんセッションを体験したい!」という意図だったので、8月初旬になることも問題なし! 決まった日程を楽しみにしていました。

この時の悩み・相談事としては、たしか…3つあったと思います。(もう忘れちゃった‥)その悩み事を軸に、約2時間弱のセッションをしていただきました。
その中で最も印象的だったのが、実は「ニセの自立」をしていたこと。私は自分が「自立の出来ている一人前の女性」だと信じていましたし、そこを疑ったことなんて一度たりともありません。まさか、自分の信じ込んでいた“自立”がニセモノだっただなんてーーー!! 耳を疑いました(笑)一瞬、理解もできなかった(笑)

まさに子どもの頃。家庭内別居になった家族の中で、父と母の間を取り持つ役目は私でした。伝書鳩のように、父への伝言、母への伝言は私を通じて行なわれ、それぞれの顔色を伺いながら過ごしていたことをよく覚えています。

経済力がなく、人間としても自立をしていない母親は依存的な人で、父親が帰ってこないことに対しての寂しさと不安から、家庭内ではヒステリックな態度に出る人でした。そんな母親のヒステリックに怯えながら、私は母親の背中を見て強く決意したことがあります。それが、

「男を頼ったら惨めになる。自立をしなくてはならない。」

ということでした。そこから私の人生は、「母親のように惨めにならない人生にするため、自立をして生きるのだ」とずーーーっと思っていました。これがずっと握りしめてきた私の中の、人生を生きるため&幸せになるための“正解”だったんです。
この時に、私の人生の航路がセッティングされたのです。【幸せになるためには男に頼らず、自分の足で生きていくこと】という行き先へ。その行き先セッティングは、自分の中の“正解・真実”なので、何の疑いもなくそういう人生を過ごしてきました。自分の正解を握りしめ、そこに向けてひたすら走り続けます。

仕事をコツコツと真面目にして、将来に向けてどう進むかキャリア形成をして、自分の好きなことが仕事になるように…とにかく、仕事・キャリアを軸に考えており、私の人生の中に“結婚”という選択肢は、ほぼ入っていませんでした。目指すはバリバリのキャリアウーマン!
結婚は善きパートナーがいたらするかもなぁ〜くらいの位置づけであり、優先順位として上位にくることはほぼありませんでした。

バリバリのキャリアウーマン時代

そのため、「結婚して〜専業主婦になって〜」という女性が職場とかにいると、睨みつけていたくらいです(笑)まったく共感は出来ない、信じられない、友達にはなれない、この世の敵くらいに思っていましたから。

【幸せになるためには男に頼らず、自分の足で生きていくこと】に、行き先がセッティングされてしまった私の航路は、当然のことながら彼氏がいても甘えることはなく。依存的にもならず。それぞれが自立して、適度な距離で過ごすのがちょうどいいよね‥みたいな、ドライな関係が多くありました。

けれども図と地の反転が起こるように、ある程度のお付き合いの期間が経過すると、二人の関係にNext Stepを求めるように自然となります。それは同棲だったり、結婚だったり、新たな付き合い方や形を相手に求めること。“現状維持”に対して不満を持ちやすい私は、成長へ向かう方向を求めたがります。

【幸せになるためには男に頼らず、自分の足で生きていくこと】という看板を掲げながら、交際期間がある程度経過してくると、新しい付き合い方を求める。そこに矛盾が起こってくるんですね。
そして、いつもこのタイミングで関係が壊れるのですが、それは自ら〈壊す〉ことをしてきたのです。なぜなら、結婚へと向かうと“私が幸せになるための正解・真実”に反することになるからなのです。

父親に会いたくなる

8月のあけみちゃんセッションで、衝撃の「ニセの自立」に自分が踏ん張っていたことに気づかされてから約1ヶ月半後の9月20日。急に父親に会いたくなりました。

正直言うと…あけみちゃんセッションで「ニセの自立をしていたんだ!」という事実に直面して意識化されたけれど、だからって特に何か行動を変えたこともなく、いつもの通りの生活をしていました。まさに前回の記事に書いた行動(Doing)は変えていないのです。
そして前章のような言語化も出来ていなかった(今、初めて言語化したわ!!)ので、改めて当時のセッションのことを思い出しながら書いていて「あぁ、そういうことだったんだ‥」と、ようやく今になって腑に落ちている感じがしています(笑) 
このくらい、潜在意識の書換スピードは遅いものなんですょ。

そのため、このタイミングで「父親に会いたくなった」とふと湧いてきたことが、このあとの人生を変えていくことに繋がっていくとも思っていませんでした。

ただ一つ言えることは、彼氏との関係で“繋がり感”を感じられないことに悩んでいたことや、結婚に対しての相変わらずな矛盾が自分の中に生じている‥という感覚が残っていたので、父に会うことが何かヒントになるんじゃないか‥と頭を過ったのです。

父親に会って、何かを伝えたいとか、言いたいことがあるとか、話したいことがあるではなく、ただなんとなく“繋がり直したい”というワードが頭に浮かんできました。

連絡先も知らない、どこに住んでいるかもわからない。現在どうしているのかわからない。。これまでも離れた父に対して周囲から「お父さんはどうしているの?」と聞かれても、「さぁ??」くらいしか答えられない。そのくらいの疎遠感でした。
唯一、繋がりがあったのが叔母(父の姉)との繋がり。父の実家は名古屋にありますが、名古屋出張に行った際には、叔母には声を掛けて食事をしたり会ったりしていましたし、父方の祖母にも一人で会いに行ったこともありました。

そして、祖母を介して父の連絡先をゲットし、父と連絡を取ることに成功しました。その時の記事がコチラです。

★ブログ:ウチの父は、ダサくって…(10/16)★

父との“繋がり直し”が実現

その再会をきっかけに、私がまさに願っていた“父との繋がり直し”が実現しました。
12月に入ってから「今年は名古屋に帰りますが、一緒に行きますか?」という連絡がきました。じんわりと泣けてくる…とても嬉しかった。
そして来年の元旦は、父と一緒に父方の祖母へ会いに行くことが決まりました。弟家族とも孫にも会わせられなかったのが、10月の再会をきっかけに父に孫を会わせる事もでき、また一緒に名古屋へ帰省できるということまで実現するのです。あぁ、なんと感慨深い…。

そこから、帰省のスケジュールや宿の話しなど頻繁に連絡を取るようになりました。普通に会話できる、普通に連絡が取れている…ほんの2ヶ月前までは信じられなかったことが、現実として起こっている。

そして、なんとクリスマスにも連絡がきました。
「メリー・クリスマス(サンタの絵文字)27日お誕生日おめでとうございます。」と。

当たり前なのかもしれないけれど、「誕生日覚えててくれていたんだ」という感動で、お布団でメールを読みながら涙が出ました。本当に、本当に、本当に嬉しかった。

私はずっと父親に自分の存在なんて、忘れられていると思っていましたし、父にとって私という存在は消されていると思っていました。
再会の際にコンタクト取った時にも「いつも心配しています。」という言葉がメールで返ってきたとき、嬉しくて、嬉しくて仕方なかった。こんなにも父親の愛情を感じたこと、人生の中で無かったと思います。

枕を涙で濡らしながらも、父に返信をしました。
「メリー・クリスマス!誕生日、ありがとう。もうすぐだね。41歳だって(笑)命をありがとうね♡楽しい人生を送れているわ😊」と。

“命をありがとう”という言葉、伝えるかどうか、とても迷いました。でも…産んでくれてありがとう‥って父親には言わないしな。。と思いつつ。
とにかく感謝を伝えたかったのです。

すると父からこう返ってきました。
「良かった良かった。人生楽しく生きましょうね。一度だけですからね。いつもいつも笑顔でいてね。おやすみなさい。」
もう私の涙腺は崩壊です(T_T)

こうして父との“繋がり直し”をしたわけですが、もう一つLPL受講中に、人生が変わり始めるきっかけに繋がる【潜在意識の書き換え】をした出来事がありました。

これは、また長くなるので次回にします! 乞うご期待☆

潜在意識への自己探求サポートセッションをさせていただいています↓

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Written by まついゆか

◆───-- - – お知らせ – - – --───◆
2019年1月14日(月・祝)13:00〜15:00 @横浜桜木町
Happyなにんげん関係づくりのための Circle tea time
Happyなにんげん関係をつくるために、
美味しいお菓子とお茶を嗜みながらお話ししていくお茶会です。
人間関係における悩み、不安、気になることなど‥
自分の体験や経験を話しながら、感情や思考の整理・循環をお手伝いをする場です。
「話すこと」で「放すこと」へつながっていくことを、ご実感いただけます。


■詳細
日時:2019年1月14日(月・祝)13:00〜15:00
場所:桜木町駅より徒歩4〜6分(お申込後、詳細お知らせします)
参加費:¥1,000(当日会場でお支払いお願いします)
ご友人お一人連れにつき¥100ずつ割引いたします 
(例:本人+友人2名の場合、お一人¥1,000→¥800になります)

★お申込みフォームはコチラ★

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