私には、もっと深い“感性”がある

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先週末の3日間、
LPL認定セラピストの試験でした。

LPLとは…★岡部明美さん主宰:LPL養成講座★

レポート4本提出、筆記試験、
実技試験✕2本、実技試験の逐語記録提出。
ここまでが試験内容であります。

今日は、この試験中に起こった、
“私の気づき”をシェアをしたい♡

めっちゃデカイことに気づいちゃった!!

対人援助職に求められること

いくら傾聴のスキルが上手くても。
いくら技法が上手く使えても。
いくら多くの知識を持っていたとしても。

どこまでいっても、
対人援助職に求められるのは、

それしかない。

すべてのスキルは“愛”の基盤の上に、
成り立っているもの。
“愛”が基盤になっていないスキルは、
武器か自己満足でしかない。

そして、援助者がクライアントさんに
“愛”を見せていくためには…
クライアントさんを“愛”で包むためには…
援助者自身が“愛”を体験していなければできない。

今回の試験を通して、
アタシの中で大きな気づきとなったこと。
それは…

まずは自分自身が、
〈愛と繋がりの中で生きる〉

ということの重要性

だった。

“つながり”って…ナニ?

これは一概に言えないけれど、
もしかしたら、
アダルトチルドレンの方の多くに
当てはまるかもしれない‥。

それは、

人との繋がりを感じられない感覚。

アタシは心の奥底の方で、
この感覚がずっとあることを、
何十年も前から知っていた。

なんとなく感じる、
【人との繋がりを感じられない違和感】
を抱えながらも、
「こんなもんなのかなー?」とか、
「でも、皆と仲良くやってるしなー」とか、
思っていた。

実際のところ、コミュニケーション能力高いし。
友達と仲良くやってるし。
昔の彼氏とかとも仲良くしちゃうタイプだし。
家族とも仲いいし。

けれども、物質的には“繋がっている”にも関わらず、
心の奥の方では“繋がっていない感覚”を、
実はずっと抱えていたのだった。
このギャップに違和感があった。
「上辺だけの付き合いをしている…」
「本音を話せていない感じがある…」
そんな感覚が長年拭えなかったのだ。

けれども、その違和感がドコから来るもので、
ナゼそんな感覚を持っているのか…
まったくもって分からない。

これまでのクライアント体験の中でも、
「繋がりが感じられないんです…」と、
相談したこともあった。

けれども、どのセッションでも
払拭されたことはなく、
解消されたことはなかった。

だから、アタシはこれまで“本当の繋がり”を
実は感じていなかったんだと思う。

子どもの頃から賢く生きてきた

この【繋がりを感じられない違和感】の
要因として、ふと思ったのは、

きっとアタシ、
子どもの頃からスマートに
賢く生きてきちゃったんだな…

という実感。
“子どもらしい子供時代”を送っていない、
アダルトチルドレン人生。

※以前に書いたアダルトチルドレン(AC)の
 記事はコチラをご参考ください↓↓↓

★ブログ:“いい子ちゃん”であることの危険性★

そもそも“子どもらしい子供時代”を
送っていないというのはどういうことかというと、

〈子ども〉を思いっきりやっていない。
=〈子ども〉を体験していない。

ということは、どういうことか…?

子ども=感性の塊

ということは、要するに…

あるがままの感性を
フルに出しきったことがない!

ってこと。

そう。
子どもの頃から大人のご機嫌伺いをし、
大人の顔色を見ながら行動し、
空気を読みながら遠慮をし、
大人の代わりに自分が頑張り、
自分が我慢すればどうにかなると、
大人ぶっちゃった。

では、それによって、
なぜ“繋がり”が感じられないのか…?

感性こそが
〈自分の本質〉
だから!

要は〈自分の本質〉と繋がってない!
〈自分の本質〉と繋がってないなら、
当然、人との繋がりなんて感じられるわけない。

子どもなのに背伸びして大人ぶっちゃって、
いっぱい考えながら幼少期・児童期を過ごし、
「マセた子ね…」なんて言われながらも、
自分の感情・要求を飲み込むことで、
家族を守っていた…そんなACたち。

本当は、自分の感情を表現したかった。
本当は、自分のワガママを言いたかった。

本当は、めっちゃ甘えたかった。
本当は、自分の個性を尊重されたかった。
本当は、自分の行動を制限してほしくなかった。

ありのままを表現することや、
行動することを許されなかった器(=家族)で
育ったわけだから、
自分の感性を置き去りにしてしまい、
迷子になっちゃったんだ。

“繋がり”こそが、“愛”のチカラ

このことが腑に落ちた時、
“アタシは一度、とことん子どもを
 体験をする必要がある”
と、直感的に思った。

自分の本質と繋がってなければ、
他者とも当然繋がれない。
今後もこれまでのように、
なんとなく“繋がってない感”を抱えながら、
上辺の付き合いをしていくのか?

っていうか、
そんなんで対人援助職が務まるのか?
・・・務まるワケない!

【自分と繋がっている感覚】は、
至福感・満足感・自己愛を感じる。
そうすると自然に、
相手を愛おしく思う気持ちが湧いてくる。
相手を慈しむ気持ちが湧いてくる。
相手に対する思いやりが湧いてくる。

この感性の循環こそが“繋がり”を創り、
これこそが“愛”なんだと思う。

愛が枯渇している時代

今、みんなSNSで“繋がり”を
求めているよね。
もしかしたら、【繋がり感の欠乏】が
蔓延しているのかもしれない…
という、この危機感。

子どもが、子供時代を生きなくて。
大人の都合によって自分の感性を押し殺し。
周囲に合わせて生きてきた結果、
〈本当の自分・自分の本質〉を見失い、
どこかに置いてきちゃった…。

自分と繋がってないから、
人と繋がることへの怖さがある。


自分を愛していないから、
人を愛することが分からない。

自分と切れているから、
人を切ることも簡単にする。

これが、どんなに恐ろしいことか。

分断された世界を、
生み出すのはもうやめよう。
排除する世界を、
生み出すのはもうやめよう。

〈子供時代に、子どもを生ききること〉
の重要性を、どうか多くの人に知ってほしい。

自分の感性を取り戻すことは、
自分の本質を取り戻すこと。
自分の感性を取り戻すことは、
本当の自分を生きること。

感性というのは、
自分から湧いてくる“感情”(喜怒哀楽)
自分から湧いてくる“直感”
自分から湧いてくる“欲求・欲望”

ここに気づいて、
感性のままに生きることを自分が許可したら、
本当の自分へと戻っていける。
戻っていくというより、
思い出していくものなんだって。
あけみ姐御が言ってた。

だから、まずはアタシ自身が、
〈愛と繋がりの中で生きる〉ため、
自分の感性の深さへと潜る。

今回の気づきが起こった時、
自分の“感性”は、
とてつもなく深いものだという直感が働いた。
そして、この深い深い感性で自分を生きたとき、
とてつもないエネルギーが
溢れ出てくるであろうという直感も働いた。

アタシという人間の奥深さは、
アタシが発見してあげないといけない。
〈愛と繋がりの中で生きる〉ことで、
アタシはアタシの奥深さを発見しにいくのだ。
その溢れ出るエネルギーが、
自然と人に与えていくことになり、
そしてエネルギー循環へとなっていく。

準備は整った。
自分の人生を思いっきり生きる覚悟もできた。
あとは、とことんコミットしよう♡

Written by まついゆか

子どもの“感性”を大切にする子育て法
【愛の子育てレッスン】

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内側に意識が向くと、外界に興味なくなる…

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自分の内側の世界に意識が向くと、
外界に興味がなくなってくる…。

例えば、誰かと同じ空間を過ごしていて。
相手がTVを見ていると、
自分が普段、TVを見ていないことに気づく。

「TV見なかったら、何してるの?」と、
聞かれたけど…たしかに、何してるんだろ?

瞑想してるか。
ブログ書いてるか。
本読んでるか。
プロジェクトのことを考えてるか。
新しいものを生み出す何かをしてるか。
ネットサーフィンしてるか。

自ら求めていない情報が、
自動的に流れ込んでくるTVの世界が、
とても苦手になってしまった。。。
自分が得たい情報は、
ネット世界へ自分で取りに行けばいい。

そう、自動的に入り込んでくる、
垂れ流し情報が、アタシにとって
とても苦痛で仕方がないんだ。

内側に意識が向く世界

自分の内側に、
意識が向く世界は楽しい。

自分の心の呟きを聴いてみたり。
自分の“感じる”世界に留まってみたり。
自分のイメージする世界を観察してみたり。
完全に…怪しいよね(笑)

いろいろと思い耽ってみては、
「あ、これはビリーフだ!」とか。
(※ビリーフについては★コチラ★
「あ、これはあの頃に感じた感情だ!」とか。
「身体が何かを訴えてる!」とか。
もうね…自己探求マニアです(笑)
だから、理解されにくいと思う。
このマニア、変態、ヲタクの領域。

この世界観を説明するのがややこしいから、
あまり説明も言及もしない。
そういう意味で、
自分ひとりの時間って必要だな。
でも、共に理解できる相手なら、
なお嬉しいな。
だから学んだ仲間といるのが、
一番楽チンで楽しい。
みんな、自己探求マニアだから(笑)

ベクトルが外に向かず、
内側に向いている同士の付き合いって、
本当に楽チンで有り難い。
人を責めることをしないしね。

以前、職場の上司に、
「なぜ、まついさんは不平・不満を言わないの?」
と聞かれたことがある。
外側にベクトルが向いていると、
人や会社や社会のせいにする。
けれど、内側にベクトルを向けていると、
「アタシがそれを選んでるから。」で完結。
不平・不満があるならば、
自分の選択を変えればいい。
不平・不満があるならば、
自分の意見を述べればいい。
ただ、それだけ。

わたしはわたしの人生を生き、
あなたはあなたの人生を生きる。
わたしはあなたの期待にこたえるために
生きているのではないし、
あなたもわたしの期待にこたえるために
生きているのではない。
私は私。あなたはあなた。
もし縁があって、
私たちが互いに出会えるなら
それは素晴らしいことだ。
しかし出会えないのであれば、
それも仕方のないことだ
「ゲシュタルトの祈り」より

外界は結局、内側の世界の投影

外の世界より、
内側の世界が楽しいというのには、
もう一つ理由がある。

結局、外側に映し出される現実は、
自分の内側で起こっている世界の投影だから。
しかも、潜在意識の世界が、
外界に投影されていたりするから。

だから内側の世界で起こったことを、
外界で引き寄せたりする。
潜在意識の動きが、
外界に現れた時は、めっちゃ楽しい。
潜在意識の書き換えが、
現実に変化をもたらしていくことが、
めっちゃ楽しい。

そういう意味で、
外界を楽しむためには、
目の前で起こっている現実から、
自分の潜在意識を紐解く…という
見方をすると、外の世界も楽しくなる。

…やっぱり、マニアだな。
何を言ってるかナゾだよね、多分(笑)
あまり伝わらないと思う。
ごめん、自己満足的な内容で。

先日アタシの夢に、なんとイチローが出てきた。
イチロー様、アタシの夢に初登場☆

全くTV見ないから、
彼が来日することなど、知らなかった。
夢の中では、イチローとアタシは友達でww
日本に遊びに来たイチローと、
アタシは仲良く話してるという夢だった。
彼はアタシに、
「もうすぐ、日本に帰ってくるよ」と言った。

その翌日、友人のFacebookで、
イチローが東京ドームで試合してることを知った。
そして後日、引退とは…。
一足先に、潜在意識が情報をキャッチしてた。

もっと深めちゃうかも…“魂”世界

心理学の領域を超えて、
魂の領域に楽しさを見出してきた、最近。

なんだか魂の領域で、
シゴトしてきたくなってきたなぁ。
もっともっと感性を磨いて、
(磨いて‥という表現は違う気がするけど)
宇宙との繋がりを強めていきたい☆

…という、怪しい(笑)宣言でした!

Written by まついゆか

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「ナニモシタクナイ」もプロセス

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宇宙元旦だった「春分の日」以降、
どうしよう…ナニモシタクナイ。

やらなきゃいけないこと、
いっぱいあるのに…ナニモシタクナイ。

・レポート書かなきゃ
・仕事の今後を考えなきゃ
・事業計画立てなきゃ
・本読まなきゃ
・カウンセリングの腕磨きしなきゃ
・どうしていく?今後?
・どうやって生きてく?
・どうしたい?
・え…アタシ、どうしたい?

そんなことを考えてたら、
もう3日も過ぎてもうた。

何者にもならなくていい。

「何者にもならなくていい。」という
選択肢をしたくて仕方ない最近。

これまで「何者かにならなければ」と、
ずーっと思って走り続けてきた。
そのたびに、いろんな仮面・役割・看板が増え続けた。

何者かになろうとするから、
「やらなきゃ」と背負うことが多くなる。
無理に背負ってる感じ。
自分以上の者になろうとして、
鎧を背負おうとしている感じ。
これが、今しんどい。

この「何者かにならなければ…」というのは、
アタシにとって、
【無価値な自分】を隠すための手段だった。


何者かにならなければ、
アタシには価値がない。
何者かにならなければ、
愛される価値も、
認められる価値も、
生きている価値もない。
そんな強迫観念に追いかけられて、
必死になって生きてきたんだと思う。

でも、もう疲れていること、
自分ではわかっている。
自分の奥底で、わかっている。
そんな生き方をしたいわけじゃないと。

そして、自分が無価値だなんて、
本当ではないということ。
真実ではないということ。
ようやく、そこに気づき始めてる。

だから「何者にもならない」という実験

今年に入ってから、
すべてを手放し、
「何にもならない自分を体験してみる」
という実験をやってみようと思ってた。

そこには、何が残されるのだろうか。
すべてを手放してみたとき、
自分に残るものはなんだろうか。
それこそが、本当の自分ではないだろうか。

こんなにボーっとしてても。
こんなにぐで〜っとしてても。
何の肩書がなくても。
何の資格がなくても。
何の取り柄がなくても。
お金がなくても。
知恵がなくても。

ただ、“あるがまま”でいても、
愛してくれる人はきっといる。
その体験をすることこそが、
今のアタシにとって大切な気がしてた。

根深い「無価値ビリーフ」

ビリーフというのは、
“信念・思い込み”という意味で、
人生の中で信じ込んでしまった、
自分の中の定義のこと。

自分自身を定義したり、
他人や世界に対して定義したりしながら、
アタシたちは生きている。

その定義が自分にとっての当たり前だから、
自分の世界観から物事を見ていると、
当然、それが自分にとって真実であり、
疑いの余地すら無い。

ビリーフというのは、
子どもの頃にコツコツと築かれていく。
家族との関係、友人との関係、先生との関係、
そして自分自身との関係。
さまざまな体験・経験を、
どうやって解釈して、
生きていくための戦略・定義としていくのか。

アタシにとって、
【無価値ビリーフ】は根深く、
今の実験というのは、
“ビリーフ外しの実験”でもある。

身をもって知る。
「あなたに価値が無いというのは真実か?」
という問いを、自ら実験してみようと思った。
めっちゃ怖いけど。
だって、「価値がないと死んじゃう」って
本気で思ってるんだから。
地味な命懸けの実験中である(笑)

アタシは家族の中で、
「自分が役立ってないと愛されない」と信じ込んだ。
そのままで居るだけでは、
愛してもらえないから、
常に“何かしてないと”いけなかったのだ。

そして、唯一の活路となったのが、
両親の不仲を調和させる役目だったのだ。
アタシにとっては、
ピッタリのお役目であり、場所だった。

そこからは、
「お役目があると生きていけるんだ!」
と思ったから、必死に“お役目探し”をした。

お役目=自分の存在価値

この方程式が自分の中で確立され、
人生を歩んできたのである。

そしていつしか、
「お役目がないと、存在できない」‥という、
ビリーフに乗っ取られた人生になっていた。
だから、何かをしていないと存在できない。
だから、役立ってないと価値がない。
“そのまんま”でいることの恐怖心に
苛まれるのである。

けれど、そのビリーフは、
自分のエゴが作り出した幻想であり、
本当の自分はそこではないということを、
ようやく気づけるようになったのだ。
気づくことが出来たら、
自分の“当たり前”から脱却できているので、
これまでと違う選択をすることができ、
結果的に現実が変化していく。
アタシは今、
“違う選択をして現実を変える”ということに
チャレンジ中なんです。

ナニモシタクナイ…を信じて焦らない。

そうだった。
意図的に、こうしてるんだった。
だから「ナニモシタクナイ」は、
自分の望んでいる方向に向かっていただけだ。

「ナニモシタクナイ」という感性の声を信じ、
焦って何かをしようとしないこと。
ただ、ジッとして味わうこと。
それを体験するための時間と受け止めること。
そうすることにした。

ブログの冒頭では、
めっちゃ焦ってたのに(笑)
書き終える頃には、
焦りも消え去り、落ち着いてきた。
切り替えのサイクルも早くなってきたもんだ。

ということで、
実験をもう少し楽しみながら、
自分の感性からの“閃き”のタイミングを、
ジックリと待つこととした。

Written by まついゆか

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音楽を〈理性〉と〈感性〉で“きく”違い

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最近、眠れなくて…。
寝不足が続いているから、
早く寝ようとして努力をし、
一旦は眠るんだけど、
また2時間後とかに目が覚めてしまう。

どうしたものかと。
最近、前とは違う何かをしているのかと。

ふと思い返していたら…
音楽の“きき方”に違いがあることが、
要因ではないかと思い始めた。

J-POPをきくようになる

アタシは20代から、
ほぼ洋楽しかきかない。
邦楽できくのは、
友人たちの音楽だけだった。

ところが、ここ2週間ほど。
J-POPをきくようになった。
それはナゼかというと、
今年は【エンカウンターワークショップ】
やろうとしているからだ。

【エンカウンターワークショップ】では、
音楽も活用していく。
音楽は心に届きやすいから、
感性を拓くために優れている。

音と歌詞が結びついて、
参加者の心の扉を開いていく。

そのため、ワークショップで活用できそうな
邦楽を最近は夢中になって選曲しているのだ。

寝るときにリフレインされまくる…

多くの音楽が集まりだした最近。
随分と長い間、邦楽をきいていなかったけれど、
素敵な曲がたくさんあるものだ‥と思ってた。

ところが、寝ようとする時…

頭の中でリフレインされまくり〜〜!

全然眠れない〜〜!!

音楽に頭が支配されてしまい、
何度もリピートされ、
まったく、そこから離れようとしない。
うぅ…なんとも苦しい…

交感神経がグイグイ優位になって、
副交感神経へと切り替わらない感覚。

頭=思考が、ずっとグルグル回っている。
いつまでも稼働し続けている。
目はギラギラ冴えてしまい、
精神は興奮状態。

副交感神経に切り替えようと、
瞑想したり、
ヒーリングミュージックをきいたり。
意図的に努力をするが、
再び引き戻される…その繰り返し。

言葉を理解しながらきく=思考(理性)

アタシにとっての、
邦楽と洋楽の大きな違いというのは、
頭(思考=理性)できくか、
ハート(感性)できくか。
この違いなんだなってことが、
今回の一件で判明した。

洋楽は歌詞も“音”の一部として、
一体化して、きいている。

しかし邦楽は、
音と歌詞、それぞれ別々に情報が入ってくる。
歌詞の“言葉”や“意味”を理解しようと、
〈頭を使って〉きいているのだ。
だから、頭がフル稼働してしまう。
あくまでも、アタシの場合。

10代・20代の頃は当然そうではなかった。
今は、自分が〈理性〉と〈感性〉を
分別することをしているから?
だからこそ、そこにストレスを感じるのかも?

多くの人は、
歌詞と音が組み合わさっていることで、
ジンワリと心に沁みるし、
感じることができるんだけどね。
アタシの身体機能は、
分類されちゃうようになっちゃったのよね。

頭で理解しようとすることは、
理性が働いていること。
何かを実現・実行するときには、
とても役立つけれど、
感じることをしたいときには、
理性はなんとも邪魔に感じてしまう。

感じたことを、
追っかけで理性が腑に落とす…
という流れがベストなんだけれども、
アタシの場合、邦楽のきき方として、
先に言葉をキャッチしてしまう傾向がある。
これは、エニアグラムタイプ7の
思考タイプだから…かもしれないけれど、
キャッチした情報を、
基本的に思考へと流しやすいんだな。

感じながらきく=ハート(感性)

それとは反対に、
音をそのまんま“感じながら”きくのは、
感性できいていることになる。

それこそ、歌詞を理解しようとはせず、
言葉も一つの“音”として、
トータル的に“音楽”としてきくこと。

ただ、あるがままを“きく”。
入ってくる“音”をそのまま感じる。
そこに、理解や意味は求めない。
感覚として“音”を受け入れて捉える。
“心地よさ”を基準にきく。

20代の頃は、よくHip-Hopをきいてた。
別に歌詞がいいと思ったことはないし、
むしろ歌詞としては、あまり魅力はない。

けれども、Hip-Hopの良さは、
韻を踏むリズム感が好きだったのだ。
韻がリズムに乗って、音として一体になり、
そのハマり具合が「気持ちいい〜!!」って、
思う音楽がいっぱいあった。
まさに、感性できいていたんだよね。
今だから、わかることだけど。

【聞く】と【聴く】の違い

ここまで、“きく”をあえて漢字で
表記しなかった。

アタシもよく傾聴の講義をする時、
よくある【聞く】と【聴く】の違いについて、
話しをすることがある。

今回のことを、
“きく”という漢字として考えたとき、
どんな違いがあるんだろう‥って思った。

■聞く
自然と入ってくる音を聞くこと。受動的な聞き方。

■聴く
積極的に耳を傾けて聴くこと。能動的な聴き方。

受動的・能動的という違いでいうと、
音楽は、受動的な“聞く”で
いいんじゃないかって思った。

人の話しに耳を傾けるときは聴くけれど。
音楽を能動的に聴いていると、
思考(脳・頭)が休まらないww
興味・関心をもって“きく”ということでは、
音楽も“聴く”なんだろうけど…
うーん‥漢字って難しい。

思考で聴く音楽 or 感性で聞く音楽

邦楽には言葉が多く詰まってる分、
思考がとても働きやすくなる。
洋楽だって、
英語の歌詞を理解しようとする人にとっては
同じことだね。
あんま邦楽・洋楽、関係ないね。

要するに、
歌詞・言葉を“音”として聞き入れるか。
歌詞・言葉を“意味やメッセージ”として聴き入れるか。
“きき方”のスタンスよって、
音楽のきき方は変わるし、
身体への影響も変わる。

もし思考で音楽を聴いていたら、
脳は休まらないし、
神経も休まらない。
そうなると、自律神経のバランスも崩すし、
心のバランスも崩れて、
鬱になりやすくなったりもする。

リラックスする時間って、
本当大事なんだな‥って、
アタシ自身も自律神経を崩して、
病気になった経験があるからこそ、
その重要性を感じる。
そして、現代人は多くの人が、
思考=左脳に偏りすぎて、
バランスを崩してしまっているんでないかと
本気で心配する。

だからこそ、

右脳の活性化!
感性を拓く!

ってことが、大事なんですよ。

すべてはバランス。
どっちが良くて、どっちが悪いではなく、
右脳と左脳のバランス。
思考と感性のバランス。

右脳を活性させるための、
音楽、アート、瞑想、身体ほぐしetc…
自分なりの方法を見つけてくださいな。

Written by まついゆか

♡感性を育てる子育て方法♡
愛の子育てレッスン

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生み出す人・組み合わせる人

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何かクリエイトする時には、
生み出す人と、組み合わせる人がいる。
でも、生み出す人というのも、
結局のところ、
いろーんな組み合わせをした結果、
生み出されていることがほとんど。

全くの新しいことを生み出すって、
然う然うないもので、
ほとんどがMIXされたもので、
新しいものが生まれている。

で、それは別にどっちでもいいんだと思う。

MIXされたものでも、
アレンジされたものでも、
組み合わせて新しいものが生まれるなら、
それでいいんだと思う。

命だってそうだしね。
遺伝子がMIXされて、
新しい命・遺伝子が誕生するのだから。

創造主は自由であれ

ただ、創造主というのは、
自由であらなくてはいけない。

何かに固執してしまうと、
そこからは何も生まれない。

だから自由に、
フレキシブルに。
そして表現をしていくことで、
新しいものが生まれる。

インプットすることは大事。
だけど、インプットしたことを、
どう使うかの方が、もっと大事。

インプットするだけで満足していては、
何も意味がない。
それを自分でどう消化し、
どう組み合わせて、
どう新しいものを生み出すか。
そこに、【人間の力=創造力】がある。

AIには出来ないことね。

インプットした点がつながった時…

おそらく、インプットした点がつながり、
自分の中で線となって、
面となった時に、
Aha体験が起きて、
新しいものが生まれるような気がする。

だから、インプットは単なる情報収集。
自分が必要としている情報を吸い上げたら、
手放していいんだと思う。

その蓄積がいつしか線となり、
自分の“寄り道”してきた点がすべてつながり、
その時に道が開けるんだね。
シナプスがつながっていく感じ。

それは期が熟せば、
自然とやってくるような気がするのだ。
それほどに、宇宙はうまいこと出来てるから、
安心して好きなだけ“寄り道”したらいい。
これがアタシの考え。

嗚呼、学びが毎日多いなぁ。
幸せだなぁ。

オリジナルを創ることを楽しもう

家族に教わったことも、
学校で教わったことも、
社会で教わったことも、
友達に教わったことも、
恋人に教わったことも、
パートナーに教わったことも、
子どもに教わったことも、
すべては自分だけの宝物。

同じ体験をしている人なんて、
この世に一人もいない。
過去にも未来にも一人もいない。

だから、インプットしたことを、
どうMIXして、
オリジナルを創り上げるのかは、
自分が通ってきた道でしか、
創り出せないように、
自然の摂理としてなっているんだ。

でもそこでね、
自分自身が「生み出そう」という気持ちでいないと、
力だって使えないわけ。

「“自分”を使って、
新しいことを生み出す人になる!」

ということを、
自分自身で決めるのだ。
それが主体性で生きるってこと。

人に従っている場合ではない。
人に倣っている場合ではない。
人に合わせている場合ではない。

自分の中から湧き上がってくる、
創造力を思いっきり楽しもう。

Written by まついゆか

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実感と本音こそがすべて

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3月16日・17日と、
「感性論哲学後継者育成講座」に
参加するため、名古屋へ行ってきました!

★感性論哲学とは…?

感性肌のアタシ

もともと“感性肌”のアタシは、
子どもの頃から、
自分の中の“感性”をとても大切にしていて、
そのセンサーを指針としている。

快か、不快か
楽しいか、つまらないか
好きか、嫌いか
心地いいか、心地悪いか
気持ちいいか、気持ち悪いか

これらを感じる時に、
“なんとなく…”という感覚と共に、
言葉にならない領域にアンテナを立て、
それを基準に物事を判断してきた。

そんな生き方を、
自分は“ダメな子”としてきた。
なぜなら、世の中のモノサシが
【理性社会】だから。

世の中のモノサシが【理性】というのは、
どういうことかというと…

良いか、悪いか
正しいか、間違っているか
優れているか、劣っているか
出来るか、出来ないか
勝ちか、負けか

といったモノサシ。

だから、親にもそうやって
育てられてきたし、
学校でも、社会でも、
その〈理性の価値判断〉で図られ、
成人になるまで過ごしてきた。

これはアタシに限ってじゃないよね。
世の中の水準がそこだもの。
多くの人が、その〈理性の価値判断〉という
枠に入れられて来たと思う、時代的に。

そんな窮屈さと、
生きづらさと、
息苦しさと、
違和感がずーーーっとあって。
どんどん【自分】という人が、
見えなくなってきていた。

アタシは誰で、
アタシは何者で、
アタシは何がしたくて、
アタシは何のために生まれたのか。

拭いきれない問いが、
ずーーーっと頭の片隅にあった。

“感性を拓く場”との出会い

そんな自分が、
まず出会ったのは、
“心理学”だった。
2006年頃から学んできて、
次から次へと知る心の世界が、
楽しくてしかたなかった。

その中でも、
最も好きだったものが、

エンカウンターワークショップ

だった。

その当時の「エンカウンター」についての説明。
こちらの★過去ブログ★からどうぞ。

端的に言うと、
エンカウンターという言葉自体は、
“出会い”を意味するが、
「本音と本音の交流で自分や他者に出会うこと」
を目的とした、グループ心理療法。
この療法のスタートは、
来談者中心療法の創始者である、
カール・ロジャースです。

アタシは、このエンカウンターが大好きで。
自分の本音や感じていることが、
なんなのか分からなくなるほどまで、
抑圧していたアタシだったのが、
今くらいまでオープンになることができた(笑)
きっかけは、このエンカウンターだった。

当時は、自分の本音を話そうとするだけで、
涙が溢れてしまって、
何も言えなかった。
しょっちゅう泣いてた。
言葉に出来なくて苦しかった。

今だって、本音を話そうとするのは、
躊躇することもあれば、
なかなか吐露できないこともある。
けど、約10年前に比べると、
格段と出来るようになったもんだ。

失感情症・失体感症

紆余曲折、人生いろいろあって。
一度は離れた対人援助職だったが、
再び同じステージに戻ろうと決めた時、
出会ったのが“あけみちゃん”こと、
岡部明美さんのワークショップだった。
アタシのブログでも、
何度も紹介させていただいている。

このワークショップの中で、
「現代人の問題は、
失感情症・失体感症にある」

いう話しを聞いたとき、
当時のアタシにとってドンピシャで、
「同じことを感じている人がいた!」
と思って、とても嬉しかった。

また、
「自分が自分らしく生きるためには、
“感性を取り戻すこと”だ」
という
話もあり、深く共感したのだった。

そして、あけみちゃんのワークショップや、
リーダーシップ育成の教えの基盤の考え方には、
【感性論哲学】があることを知り、
そこから【感性論哲学】に興味を持った。

アタシは〈人生はすべて体験にある〉と
10代の頃から思っていたし、
だからこそ、さまざまな体験をすることに
意味と価値を置いて人生を選択してきたのだ。

体験そのものも大事だけれど、
そこで“感じること”が大事なわけで、

体験でしか
“本当に知り得る”ことは出来ない

と、思ってる。
というのも、体験を通じて感じたことが、
理性を使って記憶されることで、
はじめて「知った」になると。
アタシの基準の「知る」はソコ。
脳内だけでの“記憶”は、
あまり重要ではない。

だからこそ、
バーチャル世界に異を唱える。
失感情症・失体感症は、
極論、“生きる実感”を失うことだ。
だから、頭でっかちになるなってこと!

体験から“実感”が湧く

何度もいうよ。
〈体験こそが大事〉
生(なま)で感じることでしか、
生きていることを感じられない。

ワークショップが大事なのは、
体験を通して、
“感じる”世界に直接アクセスするからだ。

座学は、結局のところ“思考”でしかない。
そこでずーっと座って学んでいても、
頭に知識・情報は入ってくるだろうが、
何も動いてない。

アタシの感覚でいう、
「本当に知り得る」ことにはならんのだ。
なのに…知った気になる。
知ったと思うから、
やってみようとするけど、
いざ、やろうとすると…できない。
当たり前じゃ、体験してないんだから。

“実感”の奥に“本音”がある

そして、さらには。
【実感】した後にしか、
【本音】っつーのは出てこない。
頭だけの知識や情報、考えでは、
【本音】まで辿り着けないのである。
残念なことに…。
本音って奥深いのよ。。。

そう思うと、
【本音】で言い合えている人って、
どんだけいるんだろ…?
アタシは日常生活において、
あまり出会わないかな。

“実感”することが〈怖い〉という壁

じゃ、みんなはなぜ、
そんなにも頭だけに偏ろうとするのか。
それは〈怖さ〉がそこにはあるから。
感じることを怖がる人って、
めっちゃ多い。

・コントロール出来なくなりそう
・自分の嫌な部分が見えちゃう
・本当の自分がバレてはいけない
・弱い人間なことを認めてしまう
・自分に価値がないことを認めてしまう
・これまで頑張ってきたことが、
 全部崩れてしまいそう。
・自分じゃなくなってしまいそう。

こういった恐怖に襲われるから。
これは自分の“エゴ”や“マインド(思考)”が
創り出した幻想よ!

この壁を乗り越えた先に、
【真の実感】を体験することができ、
そして【本音】と出会える。

ジャッジメントのない世界

【実感と本音】には、
ジャッジメントの世界はない。
〈理性の価値判断〉は存在しない。

感じたことに、善し悪しもないし。
感じたことに、正誤はないし。
感じたことに、優劣はないし。
感じたことに、勝負はないし。

感じたこと、
それが“すべて”なの。
それ以上でも以下でもない。
そして、その感じたことを、
そのまんま伝えることこそが【本音】なの。
その【本音】こそが、
人の心を動かすの。

まとめ

感性論哲学後継者育成講座で、

感性の〈実感〉と〈本音〉に信頼をおく

という話しがあった。
まさに、その通りだと思う。

頭では、言葉としてはわかるけど、
じゃぁ…どうするの?

まずは【実感】を
この身をもって体験しましょう。
その【実感】を体験すると、
自分の奥底にある【本音】が自然と顔出す。
その繰り返しをしていると、
感性で生きるスタンスとなり、
それが自分を生きることになるから。

今年は、
エンカウンターワークショップの
実践を予定しています!!
ワクワクが止まらない〜♡

感じること、生きること、愛すること、
つながること、自分と出会い、
本当の自分で他者と出会う場を創造していくよ。

自分とつながらなければ、
他者とつながることなんて出来ない。
まずは、自分の感性を拓きましょう。

準備が整ったら、
また告知しますね☆

Written by まついゆか

感性論哲学を基盤とした、
子育て講座のモニター募集中です♪

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RJにゾッコンLOVE

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ここ最近のマイブームは、
もっぱら【RJ】です!
RJに夢中です☆
RJにゾッコンLOVEです♡
RJに首ったけです♡

Facebookでもシェアしてるけど、
改めて記事にします。
一部の友人たちが、
記事化を楽しみにしてくれていたし♡

マジメ記事を過去に一度書いたワ

以前にも記事にしたことありますよ。
しかも…めっちゃ真面目な記事でね。

★ブログ:Restorative Justice★

真面目すぎて、
堅苦しくて、
文字が多すぎて…
今となっちゃー読みづらいよね(笑)
この頃の記事を読むと、

マジメか!!

…と、突っ込みたくなる(笑)
自分で言うのもなんだけど…
昔のブログ、つまんないねー(爆)!

そんなマジメ仮面は外して、
改めてわかりやすく、
お伝えいたしますわ〜☆

【RJ】って何なのさー??

【RJ】って、リオデジャネイロじゃないよ。
【RJ】って、鉄道ジャーナルじゃないよ。
【RJ】って、腕時計じゃないよ。

Restorative Justice

の略で、【RJ】です!

日本語だと、
Restorative=修復
Justice=正義、公正、公平、司法
なので、『修復的正義』とか、
『修復的司法』と訳されているけど、
アタシ個人としては、
「伝わりづらいな〜この言葉」って
いつも思っているのと、
あんまり日本語的にシックリきてない。

「公平な修復をしていく」

が、個人的には分かりやすいかなぁ。
じゃ、一体何を修復してくの?って、

ズバリ!関係性!

関係不全が起こっているところに、
公平な修復をしていきましょっていう
アプローチをする考え方。

主には“対立構造”になってることで、
ケンカ、イジメ、ハラスメント、
紛争、戦争、虐待、DV、離別
差別、偏見などなど…。
この世には、いっぱいあるよね。

それを、罰を与えて終わりじゃなくて。
弁償して終わりじゃなくて。
罪を償って終わりじゃなくて。
損害賠償を払って終わりじゃなくて。

対立の両者間に出来た、
大きな、大きなポッカリ空いた穴を、
〈対話〉を用いて、
関係性を修復していくことが目的。
どちらに偏ることもなく。
被害者・加害者の両者公平に。
その関係性を修復していく概念。

RJが学べるところ

このRJにアタシが出会ったのは、
昨年のちょうど今頃。
子どもの電話相談の
ボランティア活動をしており、
そこで知り合った仲間の中で、
このRJに携わっている方がいて、
その方のご紹介から「NPO法人 対話の会」が
主催している、講座へ参加したことがきっかけ。

それがまさに、
以前投稿したブログの内容。

自分の中で雷が落ちたような、
とても衝撃的な出会いだった。

アタシはよく、
自分が「これだ!」というものに対し、
直感で閃きが起こることが多く。
そういう時は大抵、
雷が落ちたような衝撃を受ける。

そこから定期的に、
NPO法人 対話の会には参加しつつ、
今年の1月には、
スクールソーシャルワーカーの
パイオニアでもある、
山下英三郎先生のところへ、
2泊3日のRJ研修を受講しに行った。

NPO法人 対話の会は、
代表である山田由紀子先生が、
弁護士でもあるため、
主に司法の分野において、
活動を広めている。

そして、山下英三郎先生が代表の、
NPO法人コスモス村では、
教育分野であるスクールソーシャルワーカーや、
福祉分野であるソーシャルワーカーを中心に、
RJを広める活動をしている。

もうお一方、埼玉県立大学の
梅崎薫先生が社会福祉の分野で、
研究をしながら、
広める活動をされている。

どの分野においても、
とても画期的な概念なのだ。

RJの“萌え”ポイント

RJで、アタシが“萌え”っとくる
ポイントがいくつかあるから、
そこをご紹介☆

①RJの定義
1つ目は、RJの定義ね。

『RJとは、個人あるいは集団が、
 受けた傷を癒やし、事態を望ましい
 状態に戻すために、
 問題に関係がある人たちが参加し、
 損害やニーズ、及び責任と義務を
 全員で明らかにすると同時に、
 今後の展開を模索する過程である』

NPO法人コスモス村 研修資料より抜粋

トラブルや問題が起きた時、
被害者も加害者も、
またその家族や関係のある人全員で、
修復へと向かうというスタンスが、
アタシ個人は、とても“萌え”っとくる。

誰も排除しない。
パワーバランスにも偏りがない。
どの意見も尊重される。
全員で理解しようとする姿勢。
この平和で調和するプロセスが、
とても胸を熱くする。

②RJの理念と先住民の教え
2つ目は、理念と先住民の教え。

まず先住民の教えとして、
ネイティブ・アメリカンや、
ニュージーランドのマオリ族、
ハワイの先住民のバックグラウンドがあり、
狩猟を地域でやっていたからこそ、
地域内でトラブルが起こると、
協力関係が崩れることから、
地域から排除せず、
関係を修復する解決法をしていた。
そこがベースになっている。

そして、RJ理念。

●すべての人はつながり合っている。
●すべての物はつながっているが、
 それぞれには明確な違いがあり、
 それらが均衡にとれていることが
 重要である。
●宇宙のあらゆる部分が、
 全体に寄与しており、
 それぞれが同じように価値がある。

NPO法人コスモス村 研修資料より抜粋

つながりの断絶や、
損なわれた均衡は、
世界の調和を乱すため、
修復される必要がある。

ここの“萌え”ポイント。
わかる人には、わかると思う。

RJはハウツーではなく、

「宇宙のバランスを取るための哲学」

と言っても過言ではない。
MAXの“萌え”ポイント。

③RJ的対応
3つ目は、RJの対応。

・循環的
・当事者同士の対話
・出来事による“影響”を重視
・責任のとり方を模索
・自発的な謝罪と赦し
・関係を築くことに焦点
・現在と未来に焦点

NPO法人コスモス村 研修資料より抜粋

従来の対応では、
何かトラブルが起こったとき、
一方的だったり。
当事者同士を対話させるなんて、
とんでもない!!
むしろ、引き離したり。
責任を追求し、罰を与え。
謝罪と赦しを強要し、
過ぎ去ったことに焦点を当てていた。

全く正反対と言っていいほどの、
対応なのである。
そして、一番重要とされているのが、
【関係を築くこと】にコミットしている。
関係性を新たに創り出したり、
壊れたものを修復していく。
この【構築と修復】が主なアプローチ。
この関係性にコミットしている部分が、
アタシにとっての“萌え”ポイント。

RJファシリテーターをやってく!

ということで、ご興味のある方は、
個人的に学んでください(笑)
これはね…文章で説明できるものでもなく。
体験を伴わないと、学べないもの。

そしてアタシは、
このRJファシリをやっていくと決めたのですー!
そして、いずれはRJファシリの育成もするぞ!

ここ最近は機会に恵まれ、
小学校や中学校などで、
「RJサークル」と呼ばれる、
対立予防となる対話のワークを、
子どもたちとやっている。
子どもたちと対話をするというのも、
なかなか面白い体験♡

スクールソーシャルワーカーの方々が、
着実に取り組んでいらっしゃるので、
教育分野においては、
引き続き、機会があればお手伝いを
させていただければと思っている。

アタシがガチで踏み込んでいきたいのは、
大人に向けた“コンフリクト対応”。
職場・家庭で起こるトラブルや対立。
そこの【関係性修復】に寄与したい!

カウンセリングのスキルも、
ファシリテータースキルも、
すべて総動員して。

目指せ!
オンナ版、坂本龍馬☆

このRJ理念・定義を大切にしながら、
宇宙の調和を計るための活動を、
今後のメイン軸としていきますYo☆

Written by まついゆか

♡子育てママ向け♡
RJサークルを体験できます!

〈Circle tea time Vol.04〉2019.04.15
※ここをクリック※

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“いい子ちゃん”であることの危険性

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これは、ぜひとも
全国のママさんにお伝えしたい!

お子さん、“いい子ちゃん”に
なっていませんか??

今日は、子どもが“いい子ちゃん”
であることのリスクについて、
お伝えしまーす!

“いい子ちゃん”=従順な子

元々の性格や基質として、
“おとなしい子”というのと、
元々の性格や基質はそうでないのに、
親に合わせて“いい子ちゃん”でいる子
…とでは、全く異なる!

この「親に合わせて“いい子ちゃん”で
いる子ども」は、大人になってから、
とても苦労することが多い。

まさにアタシ自身がそうであるし、
また周囲でも苦労している人が多いからだ。

“いい子ちゃん”は親からすると、
とても好都合であり、
有り難いと思ってしまいがち。
けれども、その子どもの“いい子ちゃん”
に甘んじてしまっていると、
その子が大人になった時に、
いろんな形で障害になることがある。

お子さんが大人になった時、
生きることに苦しさを感じて欲しくないよね?

親の言う通り、親の顔色を伺う子

アタシはまさに、
そんな子どもだった。
反抗期がなかった。

親の言う通りにしようと思っていたし、
常に親の(特に母親)の顔色を常に見て、
立ち居振る舞いをしていたのだ。
無意識のうちにね。


そのココロは…

いかに“怒られないか”

が基準である。

常に、母親に怒られないか否かが、
アタシにとっての行動基準になっていたし、
母親に声かけられる度に、すぐ
「あ、何か悪いことしちゃったかな?」と
いう言葉が思い浮かぶ。
だから、生きていることの基準が常に、
「怒られないように」というところにあった。

そう思うと、
子どもの頃のアタシにとって、
家庭というのはなかなかのサバイバル
だったんだと思う。
休まることはなかったのかもしれない。
安心することはなかったのかもしれない。
おかげさまで、
身体がカチコチに硬くなった(笑)

〈アダルトチルドレン〉による不都合

〈アダルトチルドレン〉という言葉も、
最近では馴染んできたように思える。
以前より耳にすることも多くなってきたし、
その自覚をする人も増えてきたと思う。

元々は、アルコール依存症の親の元で育った
人のことを意味していたけれども、
昨今では「機能不全家族」で育った人全般が、
大人になって生きづらさを感じており、
子どもの頃の家族関係で、

子どもらしく生きられなかった人

も、〈アダルトチルドレン〉としている。

「機能不全家族」というのは、
健全に機能していない家族であり、

* 身体的・性的・精神的虐待の起こっている家族
* 仲が(夫婦間や嫁姑間)悪い家族
* 怒りの爆発する家族
* 愛のない冷たい家族
* 親の期待が大き過ぎる家族
* お金・仕事・学歴だけが重視される家族
* 他人の目を気にする、表面だけがよい家族
* 秘密があまりにも多い家族
* 親と子どもの関係が逆転している家族
* 子どもを過度に甘やかし溺愛する家族
* アディクション(依存症)のある家族
* 他人(兄弟姉妹も含む)と比較される家族
* 親が病気がち、留守がちな家族
* 情緒不安定な親のいる家族             

など(西尾和美)

「こころのこくばん」さんブログより

この、西尾和美さんは、長年
〈アダルトチルドレン〉に特化した
心理療法家で、彼女は多くの著書を
出しており、とても読みやすいよ!

その西尾さん曰く、
日本人の80%以上が〈アダルトチルドレン〉
(以後、AC)だと言います。
それを言われていたのが、
もう10年以上前の話しなので、
今はもっと増えている気がする。

そして、この先もさらに増え続け、
90%以上になるんではないかというのが、
アタシの予測です!

“いい子ちゃん”による弊害

さて、話しは少し前に戻り。
“いい子ちゃん”による弊害は、
実際にどういうことかっていうと…

とにかく生きづらい!

恋愛も、仕事も、
人間関係も、お金も。
なんだかわからないけれど、

うまくいかない!

…ということが、起こるの。

昨日、心友と話しをしていて、
アタシもそうだし、
彼女もそうなんだけれども、
心友であり、AC仲間でもある。

そして自分たちの人生から、
「なぜこんな風になっちゃったのか?」を、
紐解いてみた。
そしたらね、すごいことがわかった!!

子どもの頃に“オトナ”やってたから

ACは機能不全家族の中で、
子どもながらに頑張って大人になろうと、
無理に背伸びしていた。
だから「アダルトチルドレン」というしね。

親の不仲を仲直りさせるため、
両親の愚痴の聞き役をやったり。
(↑これ、アタシね)

父親の虐待から、
母親を守ろうとして、
自分がわざと悪いことをするとか。

留守がちな親に代わって、
兄弟の面倒を見ようとしたりとか。

家族の中で、安心・安全を得るため、
自分に出来ることはなんだろうって考え、
そして、自分の出来ることを、
子どもながらに精一杯やっていた。
そんなことに意識が向いているもんだから、

“子ども”を思いっきりやっていない
“子ども”を思いっきり生きていない

(↑ここ、超重要!)
という、子ども時代を送っている。

ACは子どもの頃から、
役割・責任の肩代わりをしちゃってるから、
オトナ並みの使命感・責任感・義務を、
無意識に背負っちゃってる。

それが大人になってからも、
ずーっと残り続けているし、
その生き方が当たり前だと思ってる。

だからね…人から見ると、
一目瞭然…

重いわけ!!!

ACが大人になってやるべきこと

ACの人が大人になってやるべきこと。
それはね、たった一つだけよ。

子どもに戻ろう♡

…ってこと。

これまで背負ってきちゃった、
使命感、責任感、義務感を降ろして、
子どもの頃に戻って、
自分の自由を取り戻すこと。

だって、“子ども”やってないんだもん。
“子ども”の修了証、受け取ってないもの。
飛び級しすぎちゃったのよ(笑)

だから…
・心から楽しむ
・自分にワガママになる
・「イヤ」ってちゃんと言う
・「やってちょうだい」と甘える
・「これ、欲しい」とオーダーする
・感じたまんま、表現をする

子ども時代には、“子ども”をやらせるべし!

だから、子育て中の皆さんには、
ぜひともお願いしたい。

お子さんの子ども時代には、
“子ども”を思いっきりやらせてあげてください。

感じるままを受け入れ、
感じるままを許し、
感じるままを愛し、
「あれして、これして」に耳を傾け、
“どんなアナタでも愛してるよ”という
メッセージを送り続けること。

ACの生きづらさは、
大人になってからさまざまなシーンで、
影響が出てくるもの。
犯罪者のほぼ100%はACよ。

アタシはACで、
そして心理学に出会って、
とても助かったことがいっぱいある。
けれど出来れば、
健全で生きていけることほど、
幸せなことはないよね。

今の時代、そしてこれからの時代。
もっと加速していくと思われる、ACの繁殖。
自分がそうだったから、
もちろん、サポート側に回るよ。

けれどもね、
子育て中のママ・パパには、
ぜひとも意識しておいて欲しい。
“いい子ちゃん”のリスク。

Written by まついゆか

我が子をアダルトチルドレンにしない子育て!
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自分で氏名を選んで生まれてきた

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自分の名前って、
実は自ら選んで生まれてきたんだよ…
って考えると、どんな感じがする?

「またまたぁ〜」とか
「いやいや〜!んなアホな!」とか
「ウソっぽーい!」とか
「怪しい!」とか。
まぁ、なかなか信じられないよね。

信じるか否かは自由だから、
別にいいんだけど。

なんとなく、
自分の名前で感じることがあったから、
そんな気づきについて書こうかと。

この話しを聞いたのは、ちょうど1年前

この〈氏名を選んで生まれてくる〉と
いう話しを聞いたのは、
ちょうど昨年の今頃に参加していた、
胎内記憶の第一人者である
池川明先生こと「あきらちゃん」と、
スコーレという乳幼児総合教育施設を営んでいる
土橋優子先生こと「ゆうこりん」の
お二人が開講していた、
【胎内記憶教育】の基礎講座だった。

★池川明先生ホームページ★

★ゆうこりんのスコーレ★

第2期生として受講したが、
とてもおもしろい話しがたくさん詰まっていた。
その中の一つが、

「氏名には“使命”が刻まれている」

という話だったのだ。

おぉ〜!
読みが同じ言葉には、
いろんな裏話やカラクリがあるもんね。
ここが日本語のおもしろさ。
「話す」と「放す」とか。
「言える」と「癒える」とか。
「築く」と「気づく」とかね。
詳しくは過去のブログ参考に♡
★コチラをクリック★

・・・で、話しを戻し。

「命」がつく漢字は4つの意味合いあり。
♡宿命
♡運命
♡使命
♡天命

この4つの言葉を、
子どもたちに「どんな意味だと思う?」と
聞いてみると…

〈子どもたちの理解〉
♡宿命
 自分の命にオーダーし、
 宿した人生の初期設定。

♡運命
 氏名に刻んだ意図を“持たずに”命を運ぶこと。

♡使命
 氏名に刻んだ意図を“持って”命を運ぶこと。

♡天命
 命をどう使い、どう生きたい・在りたいのか。
 命の目指すゴール地点。

・・・とのこと。
そして、子どもたちの多くは、

氏名は自分で決めてきた!!

と言うんですと。
それは、もし自分が意図した生き方を
すっかり忘れてしまった時、思い出すため、
キーワードを名前に刻んだということみたい。
へぇ〜!!

自分の氏名で“使命”を考えてみる

ということで、
自分の氏名にも“使命”が刻まれてるはず!
‥と思ったアタシは、
氏名を分解してみた。

■松
神のよる神聖な木。縁起のいい植物。
花言葉:不老長寿、永遠の若さ
勇敢、向上心、同情、慈悲

■井
泉の流れなどの水を汲むところ

■友
友達、仲間、互いに助け合う者。
志を同じくする仲間。

■香
かぐわしい、良い香りを身にまとう
美しい人、品がある女性、存在感

といった具合。

ここに更に加えて…

先日、ふと“慈悲”という言葉を、
感覚でしか捉えていないなーと思ったので、
改めて言葉を調べてみたら…

慈悲の「慈」は、
サンスクリット語の
マイトリーmaitri(友情)にあたり、
あらゆる人に平等に注がれる
最高の友情、友愛という意味だと。

なんだか、その「友」が自分の名前に
刻まれているというのは、
とても感慨深く、
そして、とても嬉しい気持ちになった。

読みからも分解してみる

更には、更には。

つい先日、
LPL認定セラピストの菊池かおりさんの
個人セッションを受けてきた。

その中で、
〈胎児記憶〉を辿るセッションとなり、
自分が何をするために、この地球に、
日本に、私になったのかを探求した。

そして出てきたのが、
「自由・楽しい・喜び」を
体現すること、伝えるためだった。
(生粋のエニアタイプ7です…笑)

ただ、「楽しい・喜び」については、
この漢字じゃないような気がして。

楽しい→愉しい
喜び→悦び

がシックリとくる。
諸説いろいろとありますが…

■愉しい
自分自身の気持ちや想いから
感じ生まれる楽しい状態のこと。
そして、自分の意識、気持ち、
考え方次第でどうにでも変化できる。
仏教にも通じる考え方です。

リフォームエコライフさんの公式ブログより

心のしこりがとれて、
わだかまりがないこと。

「しろくまが好き」さんのブログより

心から楽しむこと。
自分自身の気持ちや想いから
自然と生まれる楽しみを
素直に感じる状態。
喜怒哀楽の基本感情の枠を超えて、
全力で楽しみを味わう状態。
どちらかというと、
積極的に自ら働きかける
「能動的」なイメージです。

「i-PLAT」さんのブログより

■悦び
「悦」の語源的な意味は、
神がかりして恍惚とすることだそうだ。
「悦に入る」という言葉があるが
「悦」は心の中におけるよろこびの感情である。
従って「悦び」は、何の前提も無く、
自分の中から湧き上がるよろこびを
表現するときに使う。
子どもの時の理由なく
楽しい感覚を思い出せば分かり易い。

bun blogさんより

そう、アタシの名前の中には、
「ゆ」と「か」と「い」が
入っているんだった!!!

愉快…楽しく気分をよくすること。
喜ばしくて気持がよいこと。
また、そのさま。

ということで、アタシの使命は。

あらゆる人に平等に注がれる
最高の友情・友愛精神を持ち、
自分の意識や気持ち・考え方次第で
どうにでも変化できる自由な愉しさや、
自然と生まれる楽しみを
素直に感じる状態で、
自分の中から湧き上がるよろこびを
表現することによって、
人々の心の泉になるような存在になる。
また、そういう場を創る。

…という解釈を自分でしましたー!

どうぞ、皆さんもご自分の氏名から、
“使命”を思い出してみてください☆

Written by まついゆか

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なんだか…“正しさ”ってつまんない。

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最近、“正しさ”ってつまんないって、
とても思ってしまう。

ブログを書く時も、
“正しさ”を書こうとするのは、
なんか違うと思って…
ここ数日、手が止まっている。

正しい知識というものは、
あちこちに出回っているわけで。
だから、アタシが言わなくても、
正しい知識なんて、
どこからでも引っ張ってこれる。

アタシしか知らないこと。
アタシしか言えないこと。
アタシしか伝えられないこと。
アタシしか語れないこと。
そこに価値がある。

さらにもっと言うと、
アタシが【感じたこと】が、
とても大切であり、
また、それがとても有益な情報に
なるんじゃないかって思うの。

だから、心からの言葉を紡ぐような、
そんなブログにしたいー!
ってか、するー!!
頭(思考)から書くことを
減らしていこう。

…という予告でした。
以上!!

Written by まついゆか

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