“所有”の概念を手放す

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ここ1〜2ヶ月ほどだったか。
“所有する”ということに対して、
疑問を抱くようになり、
最近、“所有”に対する自分の考えを、
人に話すようになった。
ずっと記事に書こうと思っていたけれど、
これを書いてしまうと…

この人…変。

と、理解されないことも多いと思ったし、
誤解されてしまうこともあるかと思ったので
躊躇をしていたんだけれども…

ちょうど、アタシの師匠である明美ちゃんも、
偶然にも同じことを話していたので、
おそらく集合意識であり、
同じような感覚を持っている人がいるような気がして。

だから書いておきたくて仕方がなかったので、
ドキドキしながらも、
アウトプットしてみようと思う!

物質はシェアの時代

もう気づいている人も多いでしょう。
物質がどんどんと“シェア”されている時代に
突入したということを。

カーシェアリング、シェアサイクリング
シェアオフィス、シェアハウス…
最近見たものだとシェア傘とかもね。
洋服だってスタイリストが選んでくれた
服が送られてきて、貸してもらえるし。
結婚式のドレスなんかも、
私ももう5年くらいは専門店で借りている。

物を所有することに対する概念が、
大きく変わりつつあるのが、ここ数年のこと。
“共有する”という概念が、
物質界に入ってきているわけだ。

人間関係で起こる“所有”の感覚

ここからは賛否両論ある話しで。
人によっては、批判をしたくなる人もいると思う。
…ということを前置きした上で。
私の個人的意見として、あえて書きます!

離婚率が増加傾向にあり、
不倫も、もはや特別なものでなくなってきた今。
ここで浮上する疑問が、

んじゃー“婚姻制度”って…ナニよ?

という素朴な「?」が、
私の中に湧いてきた。

家族を形成するためには、
一つのコミュニティーとしてとても大事。
それは分かっている。
人格形成に家族の中での関わり方が、
将来的に大きく影響することは、
知識的にも自分の体験からも知っている。

だから、家族を作りたい!
子供がほしい!
子供を育てたい!
という方には、ぜひ結婚をしてもらいたいし、
家族を作ってもらいたいし、
“家族”というチームを築くことで、
子供たちを守って欲しいとは思う。

そして今回は、
そことは別軸の話しで・・・

人は役割にハマってしまうと、
所有したような気分、
所有されているような気分に
なったりする…人もいる。

例えば、妻であったら、
夫を自分の所有物として扱う人って…いない?
「うちの夫なんてさぁ〜使い物になんないのよー」とか。

例えば、彼女ができたら、
その彼女を自分の所有物として接する人って…いない?
「俺のアイツがさー…」と、“俺のアイツ”呼ばわり。

これね、結構いると思うのよ。
てか、はるか昔、アタシだってそうだった。

この〈関係性=所有〉になっていることについて、
今回は語りたいのであーる。

所有関係は分離と支配を生む

この〈関係性=所有〉という感覚を持っちゃってる人。
自分では、なかなか気づかないんだけど、
要注意ね!

相手を自分のものだと思っちゃうから、
イライラしたり、悲しくなったり、
寂しくなったり、落ち込んだりするわけ。

例えばよ…?
彼氏が出来ました♪
いつでも一緒よ〜私たち♡
アナタは私のものよ〜♡
私もアナタのものよ〜♡
だから、今日の予定教えてね〜♡
誰と会っているか、知って当然だわ〜♡
だって、私はアナタの彼女だから♪

で、彼氏が今日の予定を教えてくれなかったり、
他の女性と会っていたりしたりすると、
めっちゃ怒ったり、悲しんだり、
落ち込んだり、発狂したりするわけ。

いやいやいやいや…
彼は別にアンタのもんじゃねーし!

そこに「彼は私のもの」という
所有したい考えがあるから、
思い通りにならなかった時に、
激しく感情が揺さぶられる。

彼には彼の時間があって。
彼には彼の大切な繋がりやご縁があって。
彼には彼の夢や将来があって。
彼には彼の幸せや喜びがあって。
彼には彼の選択があるから。

相手を所有しようとすることが、
支配しようとするエネルギーとなり、
結果的に分離を生んでしまう。
そして、相手を所有・支配しようとすることで、
自分自身の可能性からも、
自分を分離してしまうことになりかねないのだ。

彼氏がいるから、
他の人との繋がりは切るわ〜♪

なんて、今の時代にいるかわからないけど、
それが“一途”だと思っていたら…
ソレ、間違ってるからね!

“所有”の概念がないと…?

この“所有”の概念がなくなったら、
人間関係はどうなるか。
まさに…

自由

でしかない。

私が誰と一緒にいようと。
私が誰と一緒の時間を過ごそうと。
私が誰と一緒の空間にいようと。
その都度、心地のいいと思える人と、
一緒にいることを選択すればいい。

誰に支配されるわけでもなく。
誰に断りをいれるわけでもなく。
誰に管理・監視されるわけでもなく。
その瞬時に、一緒にいたい人を選べばいい。

自分に自由を許していると、
相手の自由も許せるようになる。
自由を許し合う関係というのは、
とーっても心地のよいもの。

だからね、彼氏・彼女という枠もいらない。
夫・妻という枠もいらない。
枠組み・役割なんて、どうでもいい。
だって、その瞬間にその人と居たいんだもん。
そして、相手は自分のものじゃないもん。
お互いの時間が合った時、
お互いが惹かれ合った時、
関係性という枠を取っ払って、
ただ一緒にいる…それでいいんじゃないかってこと。
そんな〈自由関係〉を築いていこうと思う。

“所有”を手放せるようになるには?

“所有”を手放せるようになるには、
〈信頼〉しかないのだ。

自分への信頼。
そして相手や世界に対する信頼。

人は不安になるから、所有したくなる。
不安がなくなる=信頼できれば、
安心できるし、失うことへの恐れも減っていく。
失うことに恐れがあるから、
相手を離さないように「彼氏・彼女」という
役割を持つことで、お互いを囲ってしまおうとする。
役割が枠組みであり、そこに不自由さが生じる。

失うことを怖れている人、怯えている人ほど、
物を所有したり、お金を所有したり、
人にしがみついたり、
人を支配しようとしたりする。

けどね・・・
失うもナニも、
そもそも自分のもんじゃないから!

そして、分離が生まれるということは、
そこには対立も生まれやすいってことだ。
もう、そういう時代が終わっていくということを、
物質界からは見て取れる。

より人は所有を手放して自由になり、
身軽になり、
多様性を受け容れてシェアして、
個を生きる時代へとシフトチェンジする。

アタシもその時代を謳歌するため、
所有の関係を手放し、
自由を生きることにした。
ここまで来るのに、時間かかったー!

この考えを理解した上で繋がれる人というのは、
今はまだごく一部だけど、通じる人には通じる。
そんな中で〈自由関係〉を、
理解ある人と楽しんでいければと思う、
今日この頃。

Written by まついゆか

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“伝えにくい”を伝える達人

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心友のFacebook投稿から、
最近ふと気づいたことは…

断りづらいメール文のアドバイザー

…を、アタシは自然にやってるってこと。

どういうことかというと、
よく友人に相談されるのである。
「ねぇ、こういう時って、どうやって断ればいいの?」
とか。
「言いづらいんだけど、どう伝えたらいいかな?」
とか…そういうの。

友人たちからも、
ナゼか「ゆか先生!教えて!!」と言われる…

言いづらいこと、伝えにくいことを、
伝えないといけないシーンって、
仕事でもプライベートでもあるよね。

そんな時に、
みんなが概ね気にするのは…

【相手を傷つけずに、自分の意思を伝えること】

ということなのよね。

本音を言ったら、相手を傷つける?

本音を言ったら、
相手を傷つけちゃうって思ってる人、
意外と多いんじゃないかなーって感じる。

んなことないよ!!!

…と、声を大にして言いたい。
ナゼそんなことを思い込んでしまったのか。

ここで、ズバリ申し上げると…

相手が傷つくかどうかは、
あっちの勝手だから!!

…ということである。
本音・本心・こちらの意図を伝えることと、
相手が傷つくかどうかは別モノ。

仮に「あれ?ちょっと丸くなった?」と、
友人に言ってみたとしよう。
その言葉に傷つく人もいれば、
傷つかない人もいる。
傷つくもつかないも、相手の選択。

仮に言われた友人が、
〈太ったらダメ〉という考えを持っていたら、
「ちょっと丸くなった?」と言われた瞬間、
「きゃー!何?私はデブ?ダメ人間じゃん!」と、
一人で勝手に自動変換して、傷ついていく。

けれども、そんな考えなど特になかったら、
「あ、そう見える?最近、外食多いんだよねー」
で済む話しなわけだ。

だから、相手が傷つくかもしれない‥という
心配は余計なお世話で。
相手のことを心配して、
自分の本心を伝えないというのは、

自分に対して失礼なのである!

だって、自分の感じたこと・思ったことを、
蔑ろにしちゃっているわけだから。
だから、「自分を大切にする」という意味でも、
自分の思っていること、感じていることは、
素直に表現していいのよ。
意思表明はとても大切よ。

興味のない男性から誘われて…

先日、友人から相談されたのは、
興味のない男性から食事に誘われたというケース。
これもアルアルよね。

物理的に会わない人だったら、
「ちょっと忙しくて…ごめんね」くらいで、
なんとか交わせたりするんだけど、
職場やご近所やらで会っちゃう人、
自分の素性を知られている人に対しては、
なかなかそんな言い訳も通用しない。

アタシの某友人は地方にお住まいで、
限られた地域の中で生活してる。
その地域の中で、仕事の絡みもある人に
食事に誘われて困っていた。

相手からのお誘い文:
今度、週末に食事へ行こう!!

なんともストレートなお誘い。
そしてアタシが彼女にアドバイスしたこと↓

①まずは受容と感謝を!

これね、とっても大事よ。
まずは「受け容れる・受け止める」ということ。
そして感謝の気持ちも添えるのだ。
なので…

お返事例:
お誘いありがとうございます!
お食事に誘っていただけるなんて光栄です。

②自分の現状や考えを伝える!

一旦受け止めてから、自分のことを伝えよう!
この場合は…

お返事例:
お誘いいただき、とても有り難いのですが、
今は特定の男性と二人きりで食事に行ったり、
会ったりということは考えられなくて。
せっかくなのですが、申し訳ありません

③今後の付き合いも考えて…

恋愛関係というところでは、
あまりノル気になれない相手であっても、
友達関係としてはOKという場合。
また、周囲の友人・知人など共通する付き合いが多く、
今後も会ってしまうであろうという場合。
こういう一文を付け加えておくと、
偶然会ってしまっても気まずくはならないでしょう。

お返事例:
またみんなで会う機会などあったら、
その時はヨロシクお願いしますね☆

相手が傷つくか…ではなく、尊重をする

先述の通り、
相手が傷つくかどうかを心配して、
こちらが我慢をするとか、
表現をしないとかじゃなくって。

きちんと相手を尊重する配慮は必要。
そして、当然のことながら、
自分の気持ちや考えも尊重すること。
要するに、

自分も相手も尊重して、
適切な自己主張をすることが、
“気持ちいいコミュニケーション”になる。

男女であっても、上司部下でもあっても、
友人同士であっても、ご近所さんであっても。
〈人と人〉として対等な立場で、
お互いを尊重し合う関係づくりを、
目指していくことが大切ではないかと。

そして、それが持続可能な人間関係づくりに
つながっていくものだとアタシは思う。

相手が自分に好意を持ってくれることに感謝し、
人から好意を持ってもらえている、
魅力のある自分に感謝し。
どんなアクションであれ、
勇気を持って自分に伝えてきてくれたことに感謝し、
けれども、自分の中の正直な気持ちも大切にし。
そういう“感謝”のやり取りが出来るコミュニケーションが、
お互いを尊重するということ。

正直な気持ちや考えを伝えることは、
決して申し訳ないことでもなんでもなく。
断って相手が傷つくかどうかは、
こちらの範疇じゃない。
仮に断ったことで相手が傷ついたとしても、
“自分のせいで”なんて思う必要はない。
この線引が人間関係において出来ているか。
ここも大切なポイントだなー…

自分も相手も大切にする伝え方講座

…というわけで、
番宣みたくなっていますが(笑)

8月よりスタートした、
アタシが主催をしている生涯学習講座。
9月は21日(土)に実施します♪

ナゼか「聴く」方の講座は人気なのに、
伝える方の講座は不人気……かと思いきや、
先月は傾聴講座に参加してくださった方たちが、
そのまま伝える講座にも参加してくださり、
「聴く」と「伝える」の両刀で、
学んでくださっています☆
コミュニケーションは「聴く」と「伝える」で
成立するので、その方がバランスGoodです☆

第2回目となる今回は、
〈事実と思考・感情・ニーズを分ける〉をテーマにした、
「伝える」講座を開催します♪

きちんと相手に伝えるためには、
自分が何を考え、何を感じて、何を相手に要求しているのか。
自分の中で整理が出来ていないと、
伝えられないんです。
だから、その整理のポイントなどを中心に、
講座を組み立てていきますので、
ご興味のある方はぜひどうぞ♡
残席2名でーす!!

生涯学習講座“本当のIメッセージ”
お申込みはコチラから

Written by まついゆか

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持続可能な人間関係とは?

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『SDGs(エス・ディー・ジーズ)』を
知っている人も、知らない人もいると思うけど、
アタシの周りの経営者をはじめとする方たちは、
すでに取り組んでいる人が多い。

詳しくは、外務省のサイトを
ご覧いただければと思うのですが、
【2016年から2030年までに、
持続可能な世界を実現するための世界目標】のことを言う。

その中で、アタシに一番響いた言葉が、

地球上の誰一人取り残さない

という誓い。
ここに胸を打たれる。

SDGsとは?|外務省ホームページより

人間関係もSustainableに‥?

SDGsの頭文字の“S”は、
「Sustainable=持続可能な」という意味。

まさしくアタシのモットーも

【人間関係もSustainableに】

なのだ。

当然のことながら、
人生には出会いもあれば別れもあり。
必ずしも持続することだけが良いということでは
ないこともわかっている。

時には離れることだって必要でしょう。
別れを体験することだって必要でしょう。
時期が来たら、自然と枯れ葉が落ちるように。
人間関係においても時期が来たら、
自然と(必然と)関係が終わっていくこともある。
別のステージに移る時がきたら、
これまでのステージの人たちとお別れする時期がくる。
出会いも別れも必然だ。

では〈持続可能な人間関係〉って、
どんな状態のことを言うのか…?

〈持続可能な人間関係〉の状態とは?

アタシの言う〈持続可能な人間関係〉は、
“未完了な感情を清算すること”で、
実現可能だと思ってる。
清算することでもあるけど、
“残さないこと”‥という方が近いかもな。

『未完了な感情を関係性において残さないこと』

人が離れる時。
関係が終わりを迎える時。
先述のように、
そうならざるを得ないことだってあるし、
別れという時期がくるのも自然なこと。
自然な別れであるなら、
それが必然なんだろうけれども、
場合によっては「関係がこじれたこと」によって、
「別れ(離れ)ざるを得ない」ということも、
大いにしてあると思う。
要するに、ケンカ別れとか、決別とかの類い。

なので、離れることや別れることなど、
起こっている現象が問題なのではなく、
ここに“未完了な感情”が残っていると、
物理的に終わったとしても、
結局は相手には伝えきれていない思いや気持ちが、
ずーっと自分の内側に居座り続けるわけで、
これが〈持続させない関係〉を生み出すことになる。

この内側に居座っている“未完了な感情”が、
その後の人生に大きく影響し、
また、双方の溝をどんどん深めていく。
ここには、感情を含めた“本音”が語られてはいない。

関係が終わる時(終わりそうになる時)に、
感じている気持ちをとことん感じ尽くす!
そして、きちんと自分の伝えたいことを伝える!
そうすることで、現実で別れ(離れ)ようとも、
つながり続けようとも、どっちでもよくて。
別れを選んだとしても、
その後も普通にコンタクトを取れるのだ。

感じていることを感じ切らずに蓋をし、
伝えたいことを伝えきれずにいるから、
いつしか悲しみや寂しさが恨みつらみへと変化し、
わだかまりを抱え、ひどくなると怒りへと変わり、
持続しない関係へと発展してしまう。

持続可能な人間関係〉とは、
また必要があった時に、
“つながり直し”ができる関係でいること。

アタシの中の定義はココ↑なのである。

そのためには、
「またいつしか、ご一緒する時があったら、
再会を歓びましょう。」と、
双方が自己責任のもと、
別れるにしても、つながるにしても、
選択をして決断する状態を創ることが、
アタシの目指したいところなのです。

感じたくない&見たくない感情は抑圧する

“未完了な感情”と、先ほどから出てきている言葉。
これは、どういうことかと言うと、
アタシたちは自分が傷つくような体験をしたとき、
あまりにも辛すぎて受け止められないから、
感情を感じ切らずに、
抑圧・封印してしまうってことを、
無意識にやっちゃいます。

これは自分を守るためとして、
誰もが備え持っているもの。
だって人間だもの!
なので、感情を抑圧することや封印することが、
決して悪いということではない。

しかしながら、この抑圧・封印した感情たちは、
実は内側で蓄積されており、随所に顔を出す。
過去の傷ついた体験と似たシチュエーションだったり、
似たような相手だったり、
傷ついた時と同じような言動だったり。
とにかく、地雷を踏まれた瞬間に、
ピョコンと顔を出すのだ。

だから、抑圧・封印した感情たちを、
未完了のままにしておかず、
その関係性において、きちんと清算をする!
そうすることによって、
またお互いが必要な時になったら、
つながり直しができる関係ができると信じてるし、
アタシの実体験では実証済みだ。

新サービス『メディエーション・プログラム』でやること

先日にリリースした、
『メディエーション・プログラム』では、
ご本人と、関係を修復したいお相手がいる話し。

修復したいお相手に対して、
例えば「謝ってほしい」とか、
「償ってほしい」といったような、
ニーズをぶつけるサービスではない。
これでは、関係が修復されないことを、
アタシは知っているから。

相手の行動が変容するのは、
気持ちや本音が伝わったときだけ。
だからこそ、こちらの本音や気持ち、
心の底から出てくる思いを、
言葉として伝えていくことが最重要となる。

本当は素直に謝りたいだけ。
本当は相手の本心を聞きたいだけ。
本当はまた一緒に笑う時間を創りたいだけ。
本当はまた繋がりを創りたいだけ。
お話を辿っていくと、
実はとてもシンプルで純粋なものだったりする。

深まった溝を埋めるためには、
自分の“本音・本心”を語ることでしか、
縮まらないのだ。

だから、まずは関係がこじれてしまった経緯を整理し、
本当に心から望んでいるゴールの状態をイメージし、
そのために、自分ができる最大の相手への敬意や感謝を
明確に言葉としてアウトプットし、
抽出された純粋な言葉を紡いで相手に伝えることで、
わだかまりを徐々に溶かしていく…ということを、
このプログラムでは、
セッションを通じて行なっていきます。

地球上の誰一人取り残さない

取り残さない状態を創るためには、
“つながり続ける”ことがキーだとアタシは思って、
この活動を続けていきます。

分離を生まない社会づくりの、
第一歩としているので、
どうぞ宜しくお願いします。

モニター価格実施中! 9月末まで¥5,000→¥3,000
メディエーション・プログラム』

Written by まついゆか

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新事業ヒストリー 〜失速からの再建〜

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この度、新事業『メディエーション・プログラム』を
正式リリースしました〜!

特設Webサイト|メディエーション・プログラム

ここまで至るのに、
紆余曲折いろいろとあって、
ようやく形に…といったところ。
産みの苦しみは辛かった…
そして、長かった…

生みの苦しみヒストリー

以前は【にんげん関係修復屋さん】
という名称で一度リリースしたものの、
良いビジネスモデルではなかったという経緯があった。
約一年前のこと。
私個人的には、名称もロゴも気に入ってたんだけどね…

その時の記事⬇
『新事業【にんげん関係修復屋さん】サービス開始』

皆さまからのご支援もいただき、
この時の記事へのアクセス数は多かった。

けれども、これをリリースした裏には、
いろんなご意見をいただいていた。
特に、ビジネス関連のコミュニティーの場では…
▶ビジネスモデルとして成立しない
▶仲直りに、お金を出す人なんていない
▶金額設定が現実的ではない
▶まずはやってみろ

いろんな人からいろんなことを言われ、
若干めげていた。

なぜならこの事業に対して、
日本にビジネスモデルのケースがないし。
ビジネスをどうやって展開させて、
どうやって市場参入するのかなんて、
私には知識がなかったから、
どう動いていいのか分からなかったのだ。
ただ「やってみろ」と言われたところで、
動けるんだったら苦労しない。
アタシは行動力には長けている。
けれども、そのアタシが動けないというのは、
行動の仕方がわからないってこと。
右に向かっていけばいいのか、
左に向かっていけばいいのか、
分からなかったら、動きようがない。

ビジネス系のこれまでの講座では、
ノウハウは教えてくれるけれども、
具体的に“アナタの場合…”という視点で、
サポートしてくれる人はいなかった。
要するに、「右へ行くのだー!」という
指導をしてくれる人はいなかった。
(この前の記事にも書いたけど)

よくわからない“ビジネス”という海の中を、
一人でフラフラと浮遊している感じが、
昨年からずーーっと続いていた。
目的地は決まっているのに、
そこにたどり着く方位磁石も地図も持っていなかった。

ブログでのアクセス数は上がったものの、
どう動いていいかわからない私は、
いつしか自信をなくし、
行動できなくなっていった…。

新生☆ヒストリー:出会い

そして今回生まれ変わったのが、
『メディエーション・プログラム』という別名称で、
再リリースへと至った。

事業内容的には、前回とほぼ一緒。
この事業をやるにあたってのアタシの想いや、
信念、ビジョンも変わっていない。

けれども、再び芽吹き、
再誕生へと至ったカギには、

“出会い(ご縁)”

が大きく影響した。

それは2019年6月23日(日)。
毎年行われている「RJ全国交流会」へ今年も参加した。
RJ=Restorative Justice(修復的司法)に
興味を持っている人や、
活動をしている人たちの集まりなわけだから、
紛争解決・対話での和解・平和などに、
興味を持っている人たちが集まる。

RJに関してはコチラから
【RJにゾッコンLOVE】

そこで知人を介してご紹介いただいた、
とある男性との出会いが、
私の人生を大きく変えた。

新生☆ヒストリー:コーチング

カウンセリング畑で生きてきたアタシにとって、
“コーチング”には、あまり良い印象を持ってなかった。

強制させられるような感じ。
指導させられるような感じ。
型にはめられるような感じ。
まぁ、とにかく勝手なことをイメージし、
コーチの“言いなり”にならなきゃいけないかと思って、
それがイヤだからって、
自分のビジネスにコーチをつけるなんてこと、
これまで1mmたりとも考えたことなかった。
けれども、今回に関して言うと。

どーーしても、この事業でやっていきたい!
もう一人では、どーにもこーにもならん!
動き方が、とにかくわからない!
モゴモゴしている間に、半年以上経過してる…
なのに、形にする方法がわからない!
てか、そもそもビジネスになるのか?
これまで「仲直りにお金出す人なんていない!」とまで、
言われてきたではないか…
それは本当か?
やっぱり諦めきれない!
じゃあ、どうすればビジネスになるのだ?

…と、ゴールの見えないトンネルを、
ひたすら進んでいた私。

そんな模索しながら究極に切羽詰まったアタシに、
〈RJ全国交流会〉という、
これまたビジネス畑でもない場所で知り合った男性が、
手を差し伸べてくれたのである。

情報交換のつもりでランチした時に、
いろいろ話しをしていたら、
彼がアタシのポテンシャルを見出してくれた。
そして、コーチングセッションを申し出てくれた。

これまでのコーチングの人の(勝手な)イメージとは異なり、
とても親しみやすく、話しやすい。

「この人になら、自然な形でサポートしてもらえるかも!」

…と直感が働き、
差し伸べてくれた手を、
藁にもすがる思いでガシッと掴んだ。

続きは次回☆

関係修復したい人、仲直りしたい人がいたら、
まずはお気軽にご相談ください♪
2019年9月末まで、モニター特別価格です☆

☆モニター価格実施中☆
メディエーション・プログラム

Written by まつい ゆか

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“聴く(傾聴)”の大切さ

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長年、カウンセリング業に携わってきて、
いつも改めて思わされるのは、
“聴く(傾聴)”の重要性。

カウンセリング現場においてだけではなく、
人との関わりの中で、
“カウンセリング・マインド”を持って、
相手の話しを聴くと…

◎ 相手の心を開き
◎ 二人の関係を親密にし
◎ 関係を短時間で深めていく

ということが出来る!
これって、すごくない??

私たちはコミュニケーションを、
どこで教わったということもなく、
親の背中を見ながら、
親のコミュニケーションスタイルを基軸とし、
学校生活の中で周囲とのやり取りで実践しながら、
自分のスタイルを確立してきた。

人それぞれのコミュニケーションスタイルがあっていいと思うし、
全員が一緒である必要はないと思う。

けれども、基本の型を知ることで、
人との関係づくりが楽になるとしたらどうだろう?
「より人生が豊かになる」ということは、
間違いなく言えることだと私は思うのです。

人がコミュニケーションする理由

人がコミュニケーションする理由は、
たった一つ。

つながりたい!

ただ、これだけ。

この欲求を満たすため、
コミュニケーションをとって、
対象となる相手との“つながり”を創る・生み出す。

だから、「この人と、つながりたい!関わりたい!」
と思ったときに、まず何をするかというと、
相手の話しを聴くことから。
コミュニケーションのスタートは、
“聴くこと”からなの。

私はよく傾聴講座の中で、
「聴くことを通じて何をしているかというと、
 相手との“信頼関係”をつくること。
 相手に信頼してもらう、好きになってもらうこと。」
ということを伝えている。

コミュニケーションは循環とバランス

コミュニケーションの基本は、
「聞く(聴く)」と「話す(伝える)」の循環で
成り立っていくわけだけれども、
この循環が滞っていたり、
どちらか一方に偏ってしまってバランスが悪くなっていると、
ストレスが溜まっていくもの。

そうなると、関係性は心地よくなくなり、
関係に亀裂や溝が生じたり、攻撃をしたり、
コミュニケーションを取らなくなったり、
気づけば疎遠・決裂・対立など、
関係が悪化してきちゃいます。

よくあるバランスの悪さでは、
どちらか一方だけが話しているケース。
このケースでは話している人が優位となり、
無意識のうちに、
この関係に“上下関係”が生まれてしまう。
話せない人は圧迫感や窮屈感を感じ、
居心地が悪くなってしまう。
そうなると、「この人とは話したくないな」って
思っちゃう…この気持ち、分かるよね。

人が離れていってしまうのであれば、
自分のコミュニケーションスタイルを見直すべき!
「勝手に相手が離れていった」としていては、
そのうち本当にお友達、いなくなっちゃうよ。

コミュニケーションの講座 8/10〜開始

ということで、
コミュニケーションに関しては、
とても熱の入ってしまうアタシなんですが…笑

8月10日から1ヶ月に一度のペースで、
コミュニケーションの基本となる、
「聴く」と「伝える」をジックリと学ぶ講座を実施します☆

傾聴講座はすでに何度か実施しており、
有り難いことに好評いただいております♪
皆さんからいただいた感想を一部ご紹介します♡

わかりやすい言葉や例えが多く、心地よく学べました

40代 女性

傾聴をわかっていたつもりで、出来ていませんでした。
今後に活かしていきます。

40代 男性

教えることがすごく上手で、
傾聴の理論的なところもシッカリ学ぶことができてよかったです。

30代 男性

傾聴の大切さ、重要さを再度理解しました

30代 男性

「受容と容認は違う!」これだけで、
コミュニケーションの在り方が変わりそうです!
信頼関係の築き方、在り方・姿勢など、
深めていきたいと思いました。

30代 男性

資料もユーモアがあり、
ポジティブに心のことを学べるのは、
ゆかさんならではだと思いました!

30代 女性

コミュニケーションを学び、豊かな人生を。

アタシがこれほどに、
コミュニケーションにこだわるのは、
自分がコミュニケーション力で助けられ、
人生を拓いてきた経験があるからです。

自分の経験や知識が、
少しでもお役に立てるのであれば‥と思い、
熱意を持って伝えさせていただきます(笑)

まだお席に余裕がありますので、
この機会にぜひ学び触れていただければと思います☆

Written by まついゆか

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(ストアカ)

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落ちるところまで落ちてみる

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落ちるところまで、
とことん落ちてみる。

落ちきったら、
「飽きた!もう、這い上がろう…」って
きっとなるから。

落ちているときだって、
アタシは世界に受け入れられている。
その証拠に、息をしているから。
呼吸をしているということは、
世界・宇宙から承認されていること。
世界・宇宙から応援されていること。

命は自ずと成長の方向へ向かう。
生きているだけでバンザイだ。

落ちたいときは落ちて。
上がりたいときは上がり。
泣きたいときは泣いて。
笑いたいときに笑う。

アタシの命は、
ちゃんと向かう方向を知っている。
命の力を信じきっていれば、
力みを抜いてもいいのだ。

力みすぎた。
変なところに拘りすぎた。
無理に頑張りすぎた。
頭で考えすぎた。
それは、命の力を信じきれなかったから。

命の力を信じて、
世界に自分を開いていこう。
その信頼さえあれば、
落ちるところまで
安心して落ちることができるから。

Written by まついゆか

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内側に意識が向くと、外界に興味なくなる…

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自分の内側の世界に意識が向くと、
外界に興味がなくなってくる…。

例えば、誰かと同じ空間を過ごしていて。
相手がTVを見ていると、
自分が普段、TVを見ていないことに気づく。

「TV見なかったら、何してるの?」と、
聞かれたけど…たしかに、何してるんだろ?

瞑想してるか。
ブログ書いてるか。
本読んでるか。
プロジェクトのことを考えてるか。
新しいものを生み出す何かをしてるか。
ネットサーフィンしてるか。

自ら求めていない情報が、
自動的に流れ込んでくるTVの世界が、
とても苦手になってしまった。。。
自分が得たい情報は、
ネット世界へ自分で取りに行けばいい。

そう、自動的に入り込んでくる、
垂れ流し情報が、アタシにとって
とても苦痛で仕方がないんだ。

内側に意識が向く世界

自分の内側に、
意識が向く世界は楽しい。

自分の心の呟きを聴いてみたり。
自分の“感じる”世界に留まってみたり。
自分のイメージする世界を観察してみたり。
完全に…怪しいよね(笑)

いろいろと思い耽ってみては、
「あ、これはビリーフだ!」とか。
(※ビリーフについては★コチラ★
「あ、これはあの頃に感じた感情だ!」とか。
「身体が何かを訴えてる!」とか。
もうね…自己探求マニアです(笑)
だから、理解されにくいと思う。
このマニア、変態、ヲタクの領域。

この世界観を説明するのがややこしいから、
あまり説明も言及もしない。
そういう意味で、
自分ひとりの時間って必要だな。
でも、共に理解できる相手なら、
なお嬉しいな。
だから学んだ仲間といるのが、
一番楽チンで楽しい。
みんな、自己探求マニアだから(笑)

ベクトルが外に向かず、
内側に向いている同士の付き合いって、
本当に楽チンで有り難い。
人を責めることをしないしね。

以前、職場の上司に、
「なぜ、まついさんは不平・不満を言わないの?」
と聞かれたことがある。
外側にベクトルが向いていると、
人や会社や社会のせいにする。
けれど、内側にベクトルを向けていると、
「アタシがそれを選んでるから。」で完結。
不平・不満があるならば、
自分の選択を変えればいい。
不平・不満があるならば、
自分の意見を述べればいい。
ただ、それだけ。

わたしはわたしの人生を生き、
あなたはあなたの人生を生きる。
わたしはあなたの期待にこたえるために
生きているのではないし、
あなたもわたしの期待にこたえるために
生きているのではない。
私は私。あなたはあなた。
もし縁があって、
私たちが互いに出会えるなら
それは素晴らしいことだ。
しかし出会えないのであれば、
それも仕方のないことだ
「ゲシュタルトの祈り」より

外界は結局、内側の世界の投影

外の世界より、
内側の世界が楽しいというのには、
もう一つ理由がある。

結局、外側に映し出される現実は、
自分の内側で起こっている世界の投影だから。
しかも、潜在意識の世界が、
外界に投影されていたりするから。

だから内側の世界で起こったことを、
外界で引き寄せたりする。
潜在意識の動きが、
外界に現れた時は、めっちゃ楽しい。
潜在意識の書き換えが、
現実に変化をもたらしていくことが、
めっちゃ楽しい。

そういう意味で、
外界を楽しむためには、
目の前で起こっている現実から、
自分の潜在意識を紐解く…という
見方をすると、外の世界も楽しくなる。

…やっぱり、マニアだな。
何を言ってるかナゾだよね、多分(笑)
あまり伝わらないと思う。
ごめん、自己満足的な内容で。

先日アタシの夢に、なんとイチローが出てきた。
イチロー様、アタシの夢に初登場☆

全くTV見ないから、
彼が来日することなど、知らなかった。
夢の中では、イチローとアタシは友達でww
日本に遊びに来たイチローと、
アタシは仲良く話してるという夢だった。
彼はアタシに、
「もうすぐ、日本に帰ってくるよ」と言った。

その翌日、友人のFacebookで、
イチローが東京ドームで試合してることを知った。
そして後日、引退とは…。
一足先に、潜在意識が情報をキャッチしてた。

もっと深めちゃうかも…“魂”世界

心理学の領域を超えて、
魂の領域に楽しさを見出してきた、最近。

なんだか魂の領域で、
シゴトしてきたくなってきたなぁ。
もっともっと感性を磨いて、
(磨いて‥という表現は違う気がするけど)
宇宙との繋がりを強めていきたい☆

…という、怪しい(笑)宣言でした!

Written by まついゆか

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「ナニモシタクナイ」もプロセス

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宇宙元旦だった「春分の日」以降、
どうしよう…ナニモシタクナイ。

やらなきゃいけないこと、
いっぱいあるのに…ナニモシタクナイ。

・レポート書かなきゃ
・仕事の今後を考えなきゃ
・事業計画立てなきゃ
・本読まなきゃ
・カウンセリングの腕磨きしなきゃ
・どうしていく?今後?
・どうやって生きてく?
・どうしたい?
・え…アタシ、どうしたい?

そんなことを考えてたら、
もう3日も過ぎてもうた。

何者にもならなくていい。

「何者にもならなくていい。」という
選択肢をしたくて仕方ない最近。

これまで「何者かにならなければ」と、
ずーっと思って走り続けてきた。
そのたびに、いろんな仮面・役割・看板が増え続けた。

何者かになろうとするから、
「やらなきゃ」と背負うことが多くなる。
無理に背負ってる感じ。
自分以上の者になろうとして、
鎧を背負おうとしている感じ。
これが、今しんどい。

この「何者かにならなければ…」というのは、
アタシにとって、
【無価値な自分】を隠すための手段だった。


何者かにならなければ、
アタシには価値がない。
何者かにならなければ、
愛される価値も、
認められる価値も、
生きている価値もない。
そんな強迫観念に追いかけられて、
必死になって生きてきたんだと思う。

でも、もう疲れていること、
自分ではわかっている。
自分の奥底で、わかっている。
そんな生き方をしたいわけじゃないと。

そして、自分が無価値だなんて、
本当ではないということ。
真実ではないということ。
ようやく、そこに気づき始めてる。

だから「何者にもならない」という実験

今年に入ってから、
すべてを手放し、
「何にもならない自分を体験してみる」
という実験をやってみようと思ってた。

そこには、何が残されるのだろうか。
すべてを手放してみたとき、
自分に残るものはなんだろうか。
それこそが、本当の自分ではないだろうか。

こんなにボーっとしてても。
こんなにぐで〜っとしてても。
何の肩書がなくても。
何の資格がなくても。
何の取り柄がなくても。
お金がなくても。
知恵がなくても。

ただ、“あるがまま”でいても、
愛してくれる人はきっといる。
その体験をすることこそが、
今のアタシにとって大切な気がしてた。

根深い「無価値ビリーフ」

ビリーフというのは、
“信念・思い込み”という意味で、
人生の中で信じ込んでしまった、
自分の中の定義のこと。

自分自身を定義したり、
他人や世界に対して定義したりしながら、
アタシたちは生きている。

その定義が自分にとっての当たり前だから、
自分の世界観から物事を見ていると、
当然、それが自分にとって真実であり、
疑いの余地すら無い。

ビリーフというのは、
子どもの頃にコツコツと築かれていく。
家族との関係、友人との関係、先生との関係、
そして自分自身との関係。
さまざまな体験・経験を、
どうやって解釈して、
生きていくための戦略・定義としていくのか。

アタシにとって、
【無価値ビリーフ】は根深く、
今の実験というのは、
“ビリーフ外しの実験”でもある。

身をもって知る。
「あなたに価値が無いというのは真実か?」
という問いを、自ら実験してみようと思った。
めっちゃ怖いけど。
だって、「価値がないと死んじゃう」って
本気で思ってるんだから。
地味な命懸けの実験中である(笑)

アタシは家族の中で、
「自分が役立ってないと愛されない」と信じ込んだ。
そのままで居るだけでは、
愛してもらえないから、
常に“何かしてないと”いけなかったのだ。

そして、唯一の活路となったのが、
両親の不仲を調和させる役目だったのだ。
アタシにとっては、
ピッタリのお役目であり、場所だった。

そこからは、
「お役目があると生きていけるんだ!」
と思ったから、必死に“お役目探し”をした。

お役目=自分の存在価値

この方程式が自分の中で確立され、
人生を歩んできたのである。

そしていつしか、
「お役目がないと、存在できない」‥という、
ビリーフに乗っ取られた人生になっていた。
だから、何かをしていないと存在できない。
だから、役立ってないと価値がない。
“そのまんま”でいることの恐怖心に
苛まれるのである。

けれど、そのビリーフは、
自分のエゴが作り出した幻想であり、
本当の自分はそこではないということを、
ようやく気づけるようになったのだ。
気づくことが出来たら、
自分の“当たり前”から脱却できているので、
これまでと違う選択をすることができ、
結果的に現実が変化していく。
アタシは今、
“違う選択をして現実を変える”ということに
チャレンジ中なんです。

ナニモシタクナイ…を信じて焦らない。

そうだった。
意図的に、こうしてるんだった。
だから「ナニモシタクナイ」は、
自分の望んでいる方向に向かっていただけだ。

「ナニモシタクナイ」という感性の声を信じ、
焦って何かをしようとしないこと。
ただ、ジッとして味わうこと。
それを体験するための時間と受け止めること。
そうすることにした。

ブログの冒頭では、
めっちゃ焦ってたのに(笑)
書き終える頃には、
焦りも消え去り、落ち着いてきた。
切り替えのサイクルも早くなってきたもんだ。

ということで、
実験をもう少し楽しみながら、
自分の感性からの“閃き”のタイミングを、
ジックリと待つこととした。

Written by まついゆか

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音楽を〈理性〉と〈感性〉で“きく”違い

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最近、眠れなくて…。
寝不足が続いているから、
早く寝ようとして努力をし、
一旦は眠るんだけど、
また2時間後とかに目が覚めてしまう。

どうしたものかと。
最近、前とは違う何かをしているのかと。

ふと思い返していたら…
音楽の“きき方”に違いがあることが、
要因ではないかと思い始めた。

J-POPをきくようになる

アタシは20代から、
ほぼ洋楽しかきかない。
邦楽できくのは、
友人たちの音楽だけだった。

ところが、ここ2週間ほど。
J-POPをきくようになった。
それはナゼかというと、
今年は【エンカウンターワークショップ】
やろうとしているからだ。

【エンカウンターワークショップ】では、
音楽も活用していく。
音楽は心に届きやすいから、
感性を拓くために優れている。

音と歌詞が結びついて、
参加者の心の扉を開いていく。

そのため、ワークショップで活用できそうな
邦楽を最近は夢中になって選曲しているのだ。

寝るときにリフレインされまくる…

多くの音楽が集まりだした最近。
随分と長い間、邦楽をきいていなかったけれど、
素敵な曲がたくさんあるものだ‥と思ってた。

ところが、寝ようとする時…

頭の中でリフレインされまくり〜〜!

全然眠れない〜〜!!

音楽に頭が支配されてしまい、
何度もリピートされ、
まったく、そこから離れようとしない。
うぅ…なんとも苦しい…

交感神経がグイグイ優位になって、
副交感神経へと切り替わらない感覚。

頭=思考が、ずっとグルグル回っている。
いつまでも稼働し続けている。
目はギラギラ冴えてしまい、
精神は興奮状態。

副交感神経に切り替えようと、
瞑想したり、
ヒーリングミュージックをきいたり。
意図的に努力をするが、
再び引き戻される…その繰り返し。

言葉を理解しながらきく=思考(理性)

アタシにとっての、
邦楽と洋楽の大きな違いというのは、
頭(思考=理性)できくか、
ハート(感性)できくか。
この違いなんだなってことが、
今回の一件で判明した。

洋楽は歌詞も“音”の一部として、
一体化して、きいている。

しかし邦楽は、
音と歌詞、それぞれ別々に情報が入ってくる。
歌詞の“言葉”や“意味”を理解しようと、
〈頭を使って〉きいているのだ。
だから、頭がフル稼働してしまう。
あくまでも、アタシの場合。

10代・20代の頃は当然そうではなかった。
今は、自分が〈理性〉と〈感性〉を
分別することをしているから?
だからこそ、そこにストレスを感じるのかも?

多くの人は、
歌詞と音が組み合わさっていることで、
ジンワリと心に沁みるし、
感じることができるんだけどね。
アタシの身体機能は、
分類されちゃうようになっちゃったのよね。

頭で理解しようとすることは、
理性が働いていること。
何かを実現・実行するときには、
とても役立つけれど、
感じることをしたいときには、
理性はなんとも邪魔に感じてしまう。

感じたことを、
追っかけで理性が腑に落とす…
という流れがベストなんだけれども、
アタシの場合、邦楽のきき方として、
先に言葉をキャッチしてしまう傾向がある。
これは、エニアグラムタイプ7の
思考タイプだから…かもしれないけれど、
キャッチした情報を、
基本的に思考へと流しやすいんだな。

感じながらきく=ハート(感性)

それとは反対に、
音をそのまんま“感じながら”きくのは、
感性できいていることになる。

それこそ、歌詞を理解しようとはせず、
言葉も一つの“音”として、
トータル的に“音楽”としてきくこと。

ただ、あるがままを“きく”。
入ってくる“音”をそのまま感じる。
そこに、理解や意味は求めない。
感覚として“音”を受け入れて捉える。
“心地よさ”を基準にきく。

20代の頃は、よくHip-Hopをきいてた。
別に歌詞がいいと思ったことはないし、
むしろ歌詞としては、あまり魅力はない。

けれども、Hip-Hopの良さは、
韻を踏むリズム感が好きだったのだ。
韻がリズムに乗って、音として一体になり、
そのハマり具合が「気持ちいい〜!!」って、
思う音楽がいっぱいあった。
まさに、感性できいていたんだよね。
今だから、わかることだけど。

【聞く】と【聴く】の違い

ここまで、“きく”をあえて漢字で
表記しなかった。

アタシもよく傾聴の講義をする時、
よくある【聞く】と【聴く】の違いについて、
話しをすることがある。

今回のことを、
“きく”という漢字として考えたとき、
どんな違いがあるんだろう‥って思った。

■聞く
自然と入ってくる音を聞くこと。受動的な聞き方。

■聴く
積極的に耳を傾けて聴くこと。能動的な聴き方。

受動的・能動的という違いでいうと、
音楽は、受動的な“聞く”で
いいんじゃないかって思った。

人の話しに耳を傾けるときは聴くけれど。
音楽を能動的に聴いていると、
思考(脳・頭)が休まらないww
興味・関心をもって“きく”ということでは、
音楽も“聴く”なんだろうけど…
うーん‥漢字って難しい。

思考で聴く音楽 or 感性で聞く音楽

邦楽には言葉が多く詰まってる分、
思考がとても働きやすくなる。
洋楽だって、
英語の歌詞を理解しようとする人にとっては
同じことだね。
あんま邦楽・洋楽、関係ないね。

要するに、
歌詞・言葉を“音”として聞き入れるか。
歌詞・言葉を“意味やメッセージ”として聴き入れるか。
“きき方”のスタンスよって、
音楽のきき方は変わるし、
身体への影響も変わる。

もし思考で音楽を聴いていたら、
脳は休まらないし、
神経も休まらない。
そうなると、自律神経のバランスも崩すし、
心のバランスも崩れて、
鬱になりやすくなったりもする。

リラックスする時間って、
本当大事なんだな‥って、
アタシ自身も自律神経を崩して、
病気になった経験があるからこそ、
その重要性を感じる。
そして、現代人は多くの人が、
思考=左脳に偏りすぎて、
バランスを崩してしまっているんでないかと
本気で心配する。

だからこそ、

右脳の活性化!
感性を拓く!

ってことが、大事なんですよ。

すべてはバランス。
どっちが良くて、どっちが悪いではなく、
右脳と左脳のバランス。
思考と感性のバランス。

右脳を活性させるための、
音楽、アート、瞑想、身体ほぐしetc…
自分なりの方法を見つけてくださいな。

Written by まついゆか

♡感性を育てる子育て方法♡
愛の子育てレッスン

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実感と本音こそがすべて

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3月16日・17日と、
「感性論哲学後継者育成講座」に
参加するため、名古屋へ行ってきました!

★感性論哲学とは…?

感性肌のアタシ

もともと“感性肌”のアタシは、
子どもの頃から、
自分の中の“感性”をとても大切にしていて、
そのセンサーを指針としている。

快か、不快か
楽しいか、つまらないか
好きか、嫌いか
心地いいか、心地悪いか
気持ちいいか、気持ち悪いか

これらを感じる時に、
“なんとなく…”という感覚と共に、
言葉にならない領域にアンテナを立て、
それを基準に物事を判断してきた。

そんな生き方を、
自分は“ダメな子”としてきた。
なぜなら、世の中のモノサシが
【理性社会】だから。

世の中のモノサシが【理性】というのは、
どういうことかというと…

良いか、悪いか
正しいか、間違っているか
優れているか、劣っているか
出来るか、出来ないか
勝ちか、負けか

といったモノサシ。

だから、親にもそうやって
育てられてきたし、
学校でも、社会でも、
その〈理性の価値判断〉で図られ、
成人になるまで過ごしてきた。

これはアタシに限ってじゃないよね。
世の中の水準がそこだもの。
多くの人が、その〈理性の価値判断〉という
枠に入れられて来たと思う、時代的に。

そんな窮屈さと、
生きづらさと、
息苦しさと、
違和感がずーーーっとあって。
どんどん【自分】という人が、
見えなくなってきていた。

アタシは誰で、
アタシは何者で、
アタシは何がしたくて、
アタシは何のために生まれたのか。

拭いきれない問いが、
ずーーーっと頭の片隅にあった。

“感性を拓く場”との出会い

そんな自分が、
まず出会ったのは、
“心理学”だった。
2006年頃から学んできて、
次から次へと知る心の世界が、
楽しくてしかたなかった。

その中でも、
最も好きだったものが、

エンカウンターワークショップ

だった。

その当時の「エンカウンター」についての説明。
こちらの★過去ブログ★からどうぞ。

端的に言うと、
エンカウンターという言葉自体は、
“出会い”を意味するが、
「本音と本音の交流で自分や他者に出会うこと」
を目的とした、グループ心理療法。
この療法のスタートは、
来談者中心療法の創始者である、
カール・ロジャースです。

アタシは、このエンカウンターが大好きで。
自分の本音や感じていることが、
なんなのか分からなくなるほどまで、
抑圧していたアタシだったのが、
今くらいまでオープンになることができた(笑)
きっかけは、このエンカウンターだった。

当時は、自分の本音を話そうとするだけで、
涙が溢れてしまって、
何も言えなかった。
しょっちゅう泣いてた。
言葉に出来なくて苦しかった。

今だって、本音を話そうとするのは、
躊躇することもあれば、
なかなか吐露できないこともある。
けど、約10年前に比べると、
格段と出来るようになったもんだ。

失感情症・失体感症

紆余曲折、人生いろいろあって。
一度は離れた対人援助職だったが、
再び同じステージに戻ろうと決めた時、
出会ったのが“あけみちゃん”こと、
岡部明美さんのワークショップだった。
アタシのブログでも、
何度も紹介させていただいている。

このワークショップの中で、
「現代人の問題は、
失感情症・失体感症にある」

いう話しを聞いたとき、
当時のアタシにとってドンピシャで、
「同じことを感じている人がいた!」
と思って、とても嬉しかった。

また、
「自分が自分らしく生きるためには、
“感性を取り戻すこと”だ」
という
話もあり、深く共感したのだった。

そして、あけみちゃんのワークショップや、
リーダーシップ育成の教えの基盤の考え方には、
【感性論哲学】があることを知り、
そこから【感性論哲学】に興味を持った。

アタシは〈人生はすべて体験にある〉と
10代の頃から思っていたし、
だからこそ、さまざまな体験をすることに
意味と価値を置いて人生を選択してきたのだ。

体験そのものも大事だけれど、
そこで“感じること”が大事なわけで、

体験でしか
“本当に知り得る”ことは出来ない

と、思ってる。
というのも、体験を通じて感じたことが、
理性を使って記憶されることで、
はじめて「知った」になると。
アタシの基準の「知る」はソコ。
脳内だけでの“記憶”は、
あまり重要ではない。

だからこそ、
バーチャル世界に異を唱える。
失感情症・失体感症は、
極論、“生きる実感”を失うことだ。
だから、頭でっかちになるなってこと!

体験から“実感”が湧く

何度もいうよ。
〈体験こそが大事〉
生(なま)で感じることでしか、
生きていることを感じられない。

ワークショップが大事なのは、
体験を通して、
“感じる”世界に直接アクセスするからだ。

座学は、結局のところ“思考”でしかない。
そこでずーっと座って学んでいても、
頭に知識・情報は入ってくるだろうが、
何も動いてない。

アタシの感覚でいう、
「本当に知り得る」ことにはならんのだ。
なのに…知った気になる。
知ったと思うから、
やってみようとするけど、
いざ、やろうとすると…できない。
当たり前じゃ、体験してないんだから。

“実感”の奥に“本音”がある

そして、さらには。
【実感】した後にしか、
【本音】っつーのは出てこない。
頭だけの知識や情報、考えでは、
【本音】まで辿り着けないのである。
残念なことに…。
本音って奥深いのよ。。。

そう思うと、
【本音】で言い合えている人って、
どんだけいるんだろ…?
アタシは日常生活において、
あまり出会わないかな。

“実感”することが〈怖い〉という壁

じゃ、みんなはなぜ、
そんなにも頭だけに偏ろうとするのか。
それは〈怖さ〉がそこにはあるから。
感じることを怖がる人って、
めっちゃ多い。

・コントロール出来なくなりそう
・自分の嫌な部分が見えちゃう
・本当の自分がバレてはいけない
・弱い人間なことを認めてしまう
・自分に価値がないことを認めてしまう
・これまで頑張ってきたことが、
 全部崩れてしまいそう。
・自分じゃなくなってしまいそう。

こういった恐怖に襲われるから。
これは自分の“エゴ”や“マインド(思考)”が
創り出した幻想よ!

この壁を乗り越えた先に、
【真の実感】を体験することができ、
そして【本音】と出会える。

ジャッジメントのない世界

【実感と本音】には、
ジャッジメントの世界はない。
〈理性の価値判断〉は存在しない。

感じたことに、善し悪しもないし。
感じたことに、正誤はないし。
感じたことに、優劣はないし。
感じたことに、勝負はないし。

感じたこと、
それが“すべて”なの。
それ以上でも以下でもない。
そして、その感じたことを、
そのまんま伝えることこそが【本音】なの。
その【本音】こそが、
人の心を動かすの。

まとめ

感性論哲学後継者育成講座で、

感性の〈実感〉と〈本音〉に信頼をおく

という話しがあった。
まさに、その通りだと思う。

頭では、言葉としてはわかるけど、
じゃぁ…どうするの?

まずは【実感】を
この身をもって体験しましょう。
その【実感】を体験すると、
自分の奥底にある【本音】が自然と顔出す。
その繰り返しをしていると、
感性で生きるスタンスとなり、
それが自分を生きることになるから。

今年は、
エンカウンターワークショップの
実践を予定しています!!
ワクワクが止まらない〜♡

感じること、生きること、愛すること、
つながること、自分と出会い、
本当の自分で他者と出会う場を創造していくよ。

自分とつながらなければ、
他者とつながることなんて出来ない。
まずは、自分の感性を拓きましょう。

準備が整ったら、
また告知しますね☆

Written by まついゆか

感性論哲学を基盤とした、
子育て講座のモニター募集中です♪

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