アタシにとっての“バスト(胸)”の存在

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女性にとって、“バスト”の存在って
大きなものだと思う。(人によるけど)

アタシにとっての“バスト”は、
「あってもなくても同じ」みたいな、
そんな感覚だった。
今回の一件があるまでは。

スタイルに対するコンプレックスの強さ

アタシは昔から、
自分の体型にコンプレックスがあった。
胸が小さく、けれども下半身はシッカリしている。
そんなバランスの悪い自分の体を、
とても嫌っていて、恥ずかしく思っていた。
だから大事にもしていなかった。

女性同士でお風呂に入るのも嫌だったし、
胸の大きいグラマーな友人を羨ましく思い、
自分の胸は成長が止まってしまったように感じていた。

こんなスタイルの悪いアタシ。
胸の小さな自分は女性としての魅力なんて、
これっぽっちも無いものだと本気で思ってた。
女性として魅力のない自分は、
当然のことながら男性に愛されるわけがないって
これも本気で思っていた。

そのコンプレックスもあってか、
10〜20代は身体を大事にしていなかったし、
女性としての尊厳も低かった。
今となっては信じられないほど。

30代になってからは、あまり気にしなくなる

20代までは、容姿をとても気にしていたし、
お年頃もそういう年齢だったと思う。

けれども30代に入ると、
さほど胸の大きさは気にならなくなってきた。
それは、自分の身体を“あるがまま”受け容れたからであろう。
ある意味、諦めというか(笑)
「まぁ、もうこの身体だから、仕方ないよね!」
そんな気持ちになってきて、
人と比べることもしなくなったし、
コンプレックスを感じることもなくなってきたし、
個性と思えるようになってきた。

小さいのには変わらない(笑)
成長はもう期待できないしww
しかし“女性の魅力”というのは、
別に胸の大きさやスタイルでは無いってことに、
ようやく気づいてきたのは、
30代に入ってからだった。
それまでは目で見て分かりやすい、
「女性の色気・魅力=バスト」と思っていたけれど、
(中高生の男子か!!)
小さなバストだって、
私という存在に女性としての魅力もあれば、
色気だってあるんだと思えるようになってきた。

そしたら男性との付き合い方も、
徐々に変化してきて安定してきた。
身体ではなく“存在”を大切にしてくれる人と付き合うようになったし、
自分も楽になってきた。

右胸の良性腫瘍

今年の初夏、右胸にシコリがあることに気づいた。
「これくらいのシコリ、きっと誰にでもあるよね!」
という、謎の自己流解釈…けれども、左胸には無い。

「まさか…よね?」と思いながら、
健康診断に随分と行っていなかったから、
そのシコリをきっかけに健康診断へ行った。

そしたら、やはり胸のシコリが、
大学病院での再検査になったのだった。

8月〜9月にかけて検査をした結果、
【葉状腫瘍(良性)】と診断された。

癌細胞とは別の腫瘍で、
しかも良性なんだけれども、
大きく成長してしまうので、
医学界では摘出しなくてはいけないとされているらしい。

これまで恵まれたことに、
大きな病気や怪我もなく、
インフルエンザだってかからない、
花粉症にさえならない超健康優良児の自分に、
突如降り掛かってきた全身麻酔での手術。

最初は受け容れられなくて、
散々泣いて、泣いて、仲間たちに支えてもらい、
不安を出し切ったら、
ようやく落ち着いて現実を受け容れられるようになった。

手術することの肚が決まってからは、
特に不安になることもなく、
いたって普通の穏やかな生活をしている。

けれども、ふと昨晩、
「アタシにとっての“バスト”とは…?」について、
思いを巡らすようになった。

無くてもいい存在なんてない

今回の手術は、
腫瘍+腫瘍の周囲を摘出するので、
胸がなくなるわけではない。
乳ガンで全摘出しなくてはならない方も多くいる中で、
本当アタシは恵まれているのである。
ここでは、人と比べることはさておき…

自分にとって、
若い頃からコンプレックスとしてきたバストが、
いざ傷がつくとか、変形するとかって考えると、
「貧乳だからあってもなくても一緒」
なんて思っていた存在が一気にフォーカスされ、
急にバストさんに対する申し訳なさと、
愛おしさが湧いてきた。

こんなにもタフな体力と、
五体満足に生んで&育ててもらって、
胸が小さいだの、お尻が大きいだのを理由に、
自分の身体を大切にせずにいて。
なんて身勝手なんだろう。
改めて、自分の身体に対する愛が無かったことに、
今この状況になって反省をする。

先日、ハイヤーセルフリーディングへ行ってきて、
その時「この病気が伝えてくれるメッセージは?」と
聞いてみたところ、【自己犠牲】と言われた。

まさに「あってもなくても一緒」とし、
自分を粗末に追いやって、
自分の大事なことを中心に置いてこなかった、
自分の生き方を指摘されたようだった。

そして、自分がまさかバストに対して、
「あってもなくても一緒」と思っていたことも、
今回の一件ではじめて気づいた。
アタシという肉体に対して、失礼すぎる!

自己犠牲をやめる人生にシフトチェンジ

そんなに大事にしたくないので、
腫瘍&手術のことは、
一部の人にしか話してなかったけど。
今回の一件からの気づきとして、
書き留めたかったのでブログにしました。

もう自己犠牲をやめて、
自己卑下もやめて、
我慢することもやめて、
自分のことを“無くても一緒”という考えもやめて。
自分中心で生きることをしよう!

今年も自己犠牲、いっぱいしちゃってたなー!
癖になってるから、ついついやっちゃうけど。
自己犠牲って、被害者意識でもあるよね。
もぉ〜やだー!
そんなダサい生き方から脱出するのだ!

自分の肉体を愛し、
自分の存在を愛し、
あるがままの自分に感謝し、
自分の中心を生きよう。
女性としての魅力も、
人間としての魅力も、
十分にあるのだから大丈夫。
まずは、自分が自分を信じてあげる。

学びの多い人生じゃ。

Written by まついゆか

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講師の落とし穴

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自分も講師をする立場なので、
他の講師の方から学ぶことは多い。
「人の振り見て我が振り直せ」とは
よく言ったもので。
講師としての在り方・やり方が、
「勉強になるなぁ」というときもあれば、
逆に「自分は気をつけよう」という、
反面教師になって気付かされるときもあり。
どっちみち…ありがたいことだね。

久しぶりに“イラッ”としてもうた。

先日、某所のある講座にて、
久しぶりに“イラッ”としてしまった。

某大学で行われた、
社会人向けの研修プログラム。
〈コンフリクト・マネジメント〉を
受講したのだが、
その講義に“イラッ”としてしまったのだ。

メディエーターとして活動を始めた今、
アタシにとって〈コンフリクト・マネジメント〉
を受講することはとても重要だった。

この講座は今年の3月頃だっただろうか…
ネットサーフィンで見つけて、即座に申し込み。
約半年間、楽しみにしていたのだ。

けれども、担当している講師の講義内容や
説明が、全く………わからん。

アタシの理解力がないだけ??

なんて思いながら、
勇気を出して同じグループの人たちに尋ねた。

「あのぉ‥先生の説明って、
 皆さん理解されてます?」

すると、皆さん
「いやー全然わからないです。」とか、
「こちらからの質問にトンチンカンな答えが
 返ってきて、余計にわからない。」とか。

あ、アタシの理解力の問題じゃなかった‥
と、胸をなでおろした。

アタシは“劣等感コンプレックス”があるからね。
すぐに「自分の能力の至らなさ」に帰結しちゃう
考え方のクセがあるのです。

その説明下手の講師の“教え方”に、
だんだんイライラしてくるアタシ。
ほんと、その場から逃げ出したかった。
時間の無駄に思えたから。

この講師の落とし穴はドコに?

この講師の落とし穴は、
ドコにあったのだろうか…。
それは

〈知っている立場からモノを言う〉

ところにある。

これは講師だけに限らず、
こういう上司もめっちゃ多くいる。
アタシのこれまでの上司も、
ほとんどが、このタイプだった。

知っていることが当たり前になってるから、
知らない人の立場・視点に戻れない。
知識と一体化しちゃってるから、
説明も主観的なのである。

だから、知らない人(教わってる人)が、
ついていけなくなって、
取り残される感覚になる。
それが、教わっている人の“やる気”を削ぎ、
ストレスを与えるのだ。
挙句の果てには、
弱い立場の“理解不足のせい”にする。

アタシもこれまでの職場で、
〈知っている立場からモノを言われる〉ことに、
ものすごくストレスを抱えてきた。

だから、自分が講師をする時。
過去でも職場で部下に指示する時。
〈知らない人の視点に合わせる〉ことに、
とても気を使ってきたし、十分配慮してきた。

アタシの講座が「わかりやすい」と好評なのは、
何も特別なことを教えているのではなく、
知らない人の視点を意識しているからであろう‥と思ってる。
要するに…

素人でも、
小学生でも、
わかるように!!!

ということが、とても大事。

立場の低い方の
能力・理解不足のせいにする前に、
自分の指示の出し方を見直せ!!

…って感じ。

アタシでも出来るわ。

そんなストレスのかかった講義を2日間受け、
アタシの結果としては…

この内容なら、アタシでも出来るわ。

だった。
しかも、もっとわかりやすく、
心理学の“し”の字も知らない方でも、
すんなりと理解してもらえるように。

この講師の主観的なアノ教え方で、
傾聴・アサーション・論理療法を教えて、
一般企業で務めていらっしゃる皆さんに、
わかるわけない。

専門知識のあるアタシでさえ、
講師の言っていることが「?」だったのに、
専門知識のない人達が、
理解できるわけないよ。

何度も横から口を出したくなった…
何度も講義を奪いたくなってしまった…
そこを抑えるのに必死だった2日間。
アタシにとっての我慢大会みたくなっていた。

そのストレスのハケ口として、
今コーチでついてくれている、
ノブさんに愚痴をこぼした。

するとノブさんは、こう言ってくれたのである。

それはアナタのレベルが、
それだけ高いという証明じゃないかな?
楽しめ!

と。
とても救われた。そして、自信がついた。
最高の“勇気づけ”である。

反面教師にして進もう

ということで、
愚痴ってても仕方ないので、
その講師から学びを吸収したら、
もう手放してOK!

ちなみに、アタシのイラッと感は、
何が原因だったかというと、
【講座に対する期待】だったということ。
期待が大きかった分、がっかりした。
そのがっかりした残念な気持ちが、
イラッとしたわけだった。
あと、金額に見合ってない!ってことかな。

今回の講座をきっかけに、
コンフリクト・マネジメントの講座も、
今後自分でやっていこうと誓い、
2日間の学びは終わった。
「アナタでも出来るよ」という
メッセージだったんだなー!
(…と、ポジティブに解釈)

そして、自分が講師である以上は、
学びに来てくださっている皆さんと同じ視点で、
一緒に考えていく視点で講座をやることを、
改めて誓った。

一方的に伝える講演スタイルは、
アタシはあまり好まなくて。
その場の人たちを巻き込みながら進めていく、
どちらかというとワークショップに近い形で、
講義をするタイプ。

▶ 傾聴講座
▶ 自分も相手も大切にする自己主張
 (アサーション)講座
を今は中心にやっていますが、
そのうち、〈コンフリクト・マネジメント〉も
プログラムに加えていこうと思っていますので、
社員研修等のご用命がありましたら、
ぜひお気軽にお声がけください♪

★クリック★ 傾聴講座の詳細
★クリック★ アサーション講座の詳細

引き続き、コンフリクト(対立)の関係修復、
メディエーション・プログラムも大好評です☆
対立している“こじれた関係”の仲直りをサポートします。
こちらも宜しくお願い致します!

こじれた関係の仲直りをサポート!
メディエーション・プログラム

Written by まついゆか

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バカでよかった。

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自分が“バカ”でよかったと、
先日の研修を経てから、
なんだか…ジワジワと感じてきた。

だって真面目で利口だったら、
アタシはもっと疲弊して、
大きな病気になっていたと思う。

アタシは適度にバカで、
そして、自分の“感性”に従って
生きてきたから、生き延びたのだ。
しかも、幸せに♡

そう、アタシを助けてくれるのは、
いつでも自分の中の“感性”だった。

特に進むべく道が見えないとき。
自分の“感性”がピンっと、
閃き・情報・出会いなどのご縁を、
引っ張ってきてくれる。

そもそもアタシは、
“知”を得意とする人物じゃない。
お勉強することは嫌いな方。
読書も新聞も歴史も数字も嫌いだった。
頭で記憶する系、解く系は特に弱い。
作文・絵・音楽・ダンス・道徳が好きだった。
要するに表現すること、感じること、
情に触れることがそもそも好きなんだ。

で、それでよかったんだ。
理性優位の学生時代を生きるのは、
常に比べられて辛かったけど、
(だって、出来ない子だから)
でも、今ようやく「よかったんだ」って
思えるようになった。

これまで学歴コンプレックスがあったから、
真面目で利口なフリしてたけど、
そんな背伸びや鎧はもういらない。
【感性型人間】の自分を、とことん愛する。

しかし…逆にちょっと、
バカさ加減が足りないなぁ。
もっと思いっきりバカしないと、
〈中途半端バカ〉になっちゃうなぁ。
振り切りたいなぁ。。。

よし!
これからは、
バカ研究をいろいろしてみるか。

Written by まついゆか

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感性とつながる旅。

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昨日までの3日間、
感性とつながるための旅をしてきた。

自分の志や顔を見失い、
自分の奥にあるエネルギーが枯渇し、
鬱々した状態が続いていた、ここ一ヶ月。

そのタイミングでやってきた、
行徳哲男先生の【BE訓練】は、
私にとって大きな転換となるようなきっかけを、
もたらしてくれるのではないかと、
期待をしていた。

言葉ではとてもじゃないけど、
言い表しきれない体験。
この体験や感じたことを言葉にすると、
とても薄っぺらく、平らなものに
なってしまいそうな気がするので、
ブログに書こうとは、
今の時点では思わない。

けれども、人生における…
というより、この“生”における、
【真ん中の最重要な何か】を
自分の中心に取り戻した気がする。

私の命は、まだ燃えていない。
私の生は、まだ動いていない。
私の力は、まだ出ていない。
そして“感性”が、
「私を生ききりたい!」と言っている。
そんな声が、ジワジワと湧き出てくる。
侍魂が目を醒まし始めた。

行徳哲男先生、御年87歳。
現役でこのパワフルな研修をされていることが、
本当に凄い…としか言いようがない。
感性で生きている人は、めちゃ元気だ。
そして、この研修に命を賭けているのが、
ビンビンに伝わってくる。

感性につながることは、
自分の“命の源”とつながること。
命の源から湧き出る、
【自分の中の眠るパワー】を呼び起こしたい方は、
先生が現役でまだやられている今、
ぜひ参加されてみてください。

次回は7月です。
詳細知りたい方・参加希望の方は、
個別に連絡をください。
人生に二度と無い体験をぜひ…

Written by まついゆか

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私には、もっと深い“感性”がある

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先週末の3日間、
LPL認定セラピストの試験でした。

LPLとは…★岡部明美さん主宰:LPL養成講座★

レポート4本提出、筆記試験、
実技試験✕2本、実技試験の逐語記録提出。
ここまでが試験内容であります。

今日は、この試験中に起こった、
“私の気づき”をシェアをしたい♡

めっちゃデカイことに気づいちゃった!!

対人援助職に求められること

いくら傾聴のスキルが上手くても。
いくら技法が上手く使えても。
いくら多くの知識を持っていたとしても。

どこまでいっても、
対人援助職に求められるのは、

それしかない。

すべてのスキルは“愛”の基盤の上に、
成り立っているもの。
“愛”が基盤になっていないスキルは、
武器か自己満足でしかない。

そして、援助者がクライアントさんに
“愛”を見せていくためには…
クライアントさんを“愛”で包むためには…
援助者自身が“愛”を体験していなければできない。

今回の試験を通して、
アタシの中で大きな気づきとなったこと。
それは…

まずは自分自身が、
〈愛と繋がりの中で生きる〉

ということの重要性

だった。

“つながり”って…ナニ?

これは一概に言えないけれど、
もしかしたら、
アダルトチルドレンの方の多くに
当てはまるかもしれない‥。

それは、

人との繋がりを感じられない感覚。

アタシは心の奥底の方で、
この感覚がずっとあることを、
何十年も前から知っていた。

なんとなく感じる、
【人との繋がりを感じられない違和感】
を抱えながらも、
「こんなもんなのかなー?」とか、
「でも、皆と仲良くやってるしなー」とか、
思っていた。

実際のところ、コミュニケーション能力高いし。
友達と仲良くやってるし。
昔の彼氏とかとも仲良くしちゃうタイプだし。
家族とも仲いいし。

けれども、物質的には“繋がっている”にも関わらず、
心の奥の方では“繋がっていない感覚”を、
実はずっと抱えていたのだった。
このギャップに違和感があった。
「上辺だけの付き合いをしている…」
「本音を話せていない感じがある…」
そんな感覚が長年拭えなかったのだ。

けれども、その違和感がドコから来るもので、
ナゼそんな感覚を持っているのか…
まったくもって分からない。

これまでのクライアント体験の中でも、
「繋がりが感じられないんです…」と、
相談したこともあった。

けれども、どのセッションでも
払拭されたことはなく、
解消されたことはなかった。

だから、アタシはこれまで“本当の繋がり”を
実は感じていなかったんだと思う。

子どもの頃から賢く生きてきた

この【繋がりを感じられない違和感】の
要因として、ふと思ったのは、

きっとアタシ、
子どもの頃からスマートに
賢く生きてきちゃったんだな…

という実感。
“子どもらしい子供時代”を送っていない、
アダルトチルドレン人生。

※以前に書いたアダルトチルドレン(AC)の
 記事はコチラをご参考ください↓↓↓

★ブログ:“いい子ちゃん”であることの危険性★

そもそも“子どもらしい子供時代”を
送っていないというのはどういうことかというと、

〈子ども〉を思いっきりやっていない。
=〈子ども〉を体験していない。

ということは、どういうことか…?

子ども=感性の塊

ということは、要するに…

あるがままの感性を
フルに出しきったことがない!

ってこと。

そう。
子どもの頃から大人のご機嫌伺いをし、
大人の顔色を見ながら行動し、
空気を読みながら遠慮をし、
大人の代わりに自分が頑張り、
自分が我慢すればどうにかなると、
大人ぶっちゃった。

では、それによって、
なぜ“繋がり”が感じられないのか…?

感性こそが
〈自分の本質〉
だから!

要は〈自分の本質〉と繋がってない!
〈自分の本質〉と繋がってないなら、
当然、人との繋がりなんて感じられるわけない。

子どもなのに背伸びして大人ぶっちゃって、
いっぱい考えながら幼少期・児童期を過ごし、
「マセた子ね…」なんて言われながらも、
自分の感情・要求を飲み込むことで、
家族を守っていた…そんなACたち。

本当は、自分の感情を表現したかった。
本当は、自分のワガママを言いたかった。

本当は、めっちゃ甘えたかった。
本当は、自分の個性を尊重されたかった。
本当は、自分の行動を制限してほしくなかった。

ありのままを表現することや、
行動することを許されなかった器(=家族)で
育ったわけだから、
自分の感性を置き去りにしてしまい、
迷子になっちゃったんだ。

“繋がり”こそが、“愛”のチカラ

このことが腑に落ちた時、
“アタシは一度、とことん子どもを
 体験をする必要がある”
と、直感的に思った。

自分の本質と繋がってなければ、
他者とも当然繋がれない。
今後もこれまでのように、
なんとなく“繋がってない感”を抱えながら、
上辺の付き合いをしていくのか?

っていうか、
そんなんで対人援助職が務まるのか?
・・・務まるワケない!

【自分と繋がっている感覚】は、
至福感・満足感・自己愛を感じる。
そうすると自然に、
相手を愛おしく思う気持ちが湧いてくる。
相手を慈しむ気持ちが湧いてくる。
相手に対する思いやりが湧いてくる。

この感性の循環こそが“繋がり”を創り、
これこそが“愛”なんだと思う。

愛が枯渇している時代

今、みんなSNSで“繋がり”を
求めているよね。
もしかしたら、【繋がり感の欠乏】が
蔓延しているのかもしれない…
という、この危機感。

子どもが、子供時代を生きなくて。
大人の都合によって自分の感性を押し殺し。
周囲に合わせて生きてきた結果、
〈本当の自分・自分の本質〉を見失い、
どこかに置いてきちゃった…。

自分と繋がってないから、
人と繋がることへの怖さがある。


自分を愛していないから、
人を愛することが分からない。

自分と切れているから、
人を切ることも簡単にする。

これが、どんなに恐ろしいことか。

分断された世界を、
生み出すのはもうやめよう。
排除する世界を、
生み出すのはもうやめよう。

〈子供時代に、子どもを生ききること〉
の重要性を、どうか多くの人に知ってほしい。

自分の感性を取り戻すことは、
自分の本質を取り戻すこと。
自分の感性を取り戻すことは、
本当の自分を生きること。

感性というのは、
自分から湧いてくる“感情”(喜怒哀楽)
自分から湧いてくる“直感”
自分から湧いてくる“欲求・欲望”

ここに気づいて、
感性のままに生きることを自分が許可したら、
本当の自分へと戻っていける。
戻っていくというより、
思い出していくものなんだって。
あけみ姐御が言ってた。

だから、まずはアタシ自身が、
〈愛と繋がりの中で生きる〉ため、
自分の感性の深さへと潜る。

今回の気づきが起こった時、
自分の“感性”は、
とてつもなく深いものだという直感が働いた。
そして、この深い深い感性で自分を生きたとき、
とてつもないエネルギーが
溢れ出てくるであろうという直感も働いた。

アタシという人間の奥深さは、
アタシが発見してあげないといけない。
〈愛と繋がりの中で生きる〉ことで、
アタシはアタシの奥深さを発見しにいくのだ。
その溢れ出るエネルギーが、
自然と人に与えていくことになり、
そしてエネルギー循環へとなっていく。

準備は整った。
自分の人生を思いっきり生きる覚悟もできた。
あとは、とことんコミットしよう♡

Written by まついゆか

子どもの“感性”を大切にする子育て法
【愛の子育てレッスン】

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内側に意識が向くと、外界に興味なくなる…

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自分の内側の世界に意識が向くと、
外界に興味がなくなってくる…。

例えば、誰かと同じ空間を過ごしていて。
相手がTVを見ていると、
自分が普段、TVを見ていないことに気づく。

「TV見なかったら、何してるの?」と、
聞かれたけど…たしかに、何してるんだろ?

瞑想してるか。
ブログ書いてるか。
本読んでるか。
プロジェクトのことを考えてるか。
新しいものを生み出す何かをしてるか。
ネットサーフィンしてるか。

自ら求めていない情報が、
自動的に流れ込んでくるTVの世界が、
とても苦手になってしまった。。。
自分が得たい情報は、
ネット世界へ自分で取りに行けばいい。

そう、自動的に入り込んでくる、
垂れ流し情報が、アタシにとって
とても苦痛で仕方がないんだ。

内側に意識が向く世界

自分の内側に、
意識が向く世界は楽しい。

自分の心の呟きを聴いてみたり。
自分の“感じる”世界に留まってみたり。
自分のイメージする世界を観察してみたり。
完全に…怪しいよね(笑)

いろいろと思い耽ってみては、
「あ、これはビリーフだ!」とか。
(※ビリーフについては★コチラ★
「あ、これはあの頃に感じた感情だ!」とか。
「身体が何かを訴えてる!」とか。
もうね…自己探求マニアです(笑)
だから、理解されにくいと思う。
このマニア、変態、ヲタクの領域。

この世界観を説明するのがややこしいから、
あまり説明も言及もしない。
そういう意味で、
自分ひとりの時間って必要だな。
でも、共に理解できる相手なら、
なお嬉しいな。
だから学んだ仲間といるのが、
一番楽チンで楽しい。
みんな、自己探求マニアだから(笑)

ベクトルが外に向かず、
内側に向いている同士の付き合いって、
本当に楽チンで有り難い。
人を責めることをしないしね。

以前、職場の上司に、
「なぜ、まついさんは不平・不満を言わないの?」
と聞かれたことがある。
外側にベクトルが向いていると、
人や会社や社会のせいにする。
けれど、内側にベクトルを向けていると、
「アタシがそれを選んでるから。」で完結。
不平・不満があるならば、
自分の選択を変えればいい。
不平・不満があるならば、
自分の意見を述べればいい。
ただ、それだけ。

わたしはわたしの人生を生き、
あなたはあなたの人生を生きる。
わたしはあなたの期待にこたえるために
生きているのではないし、
あなたもわたしの期待にこたえるために
生きているのではない。
私は私。あなたはあなた。
もし縁があって、
私たちが互いに出会えるなら
それは素晴らしいことだ。
しかし出会えないのであれば、
それも仕方のないことだ
「ゲシュタルトの祈り」より

外界は結局、内側の世界の投影

外の世界より、
内側の世界が楽しいというのには、
もう一つ理由がある。

結局、外側に映し出される現実は、
自分の内側で起こっている世界の投影だから。
しかも、潜在意識の世界が、
外界に投影されていたりするから。

だから内側の世界で起こったことを、
外界で引き寄せたりする。
潜在意識の動きが、
外界に現れた時は、めっちゃ楽しい。
潜在意識の書き換えが、
現実に変化をもたらしていくことが、
めっちゃ楽しい。

そういう意味で、
外界を楽しむためには、
目の前で起こっている現実から、
自分の潜在意識を紐解く…という
見方をすると、外の世界も楽しくなる。

…やっぱり、マニアだな。
何を言ってるかナゾだよね、多分(笑)
あまり伝わらないと思う。
ごめん、自己満足的な内容で。

先日アタシの夢に、なんとイチローが出てきた。
イチロー様、アタシの夢に初登場☆

全くTV見ないから、
彼が来日することなど、知らなかった。
夢の中では、イチローとアタシは友達でww
日本に遊びに来たイチローと、
アタシは仲良く話してるという夢だった。
彼はアタシに、
「もうすぐ、日本に帰ってくるよ」と言った。

その翌日、友人のFacebookで、
イチローが東京ドームで試合してることを知った。
そして後日、引退とは…。
一足先に、潜在意識が情報をキャッチしてた。

もっと深めちゃうかも…“魂”世界

心理学の領域を超えて、
魂の領域に楽しさを見出してきた、最近。

なんだか魂の領域で、
シゴトしてきたくなってきたなぁ。
もっともっと感性を磨いて、
(磨いて‥という表現は違う気がするけど)
宇宙との繋がりを強めていきたい☆

…という、怪しい(笑)宣言でした!

Written by まついゆか

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生み出す人・組み合わせる人

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何かクリエイトする時には、
生み出す人と、組み合わせる人がいる。
でも、生み出す人というのも、
結局のところ、
いろーんな組み合わせをした結果、
生み出されていることがほとんど。

全くの新しいことを生み出すって、
然う然うないもので、
ほとんどがMIXされたもので、
新しいものが生まれている。

で、それは別にどっちでもいいんだと思う。

MIXされたものでも、
アレンジされたものでも、
組み合わせて新しいものが生まれるなら、
それでいいんだと思う。

命だってそうだしね。
遺伝子がMIXされて、
新しい命・遺伝子が誕生するのだから。

創造主は自由であれ

ただ、創造主というのは、
自由であらなくてはいけない。

何かに固執してしまうと、
そこからは何も生まれない。

だから自由に、
フレキシブルに。
そして表現をしていくことで、
新しいものが生まれる。

インプットすることは大事。
だけど、インプットしたことを、
どう使うかの方が、もっと大事。

インプットするだけで満足していては、
何も意味がない。
それを自分でどう消化し、
どう組み合わせて、
どう新しいものを生み出すか。
そこに、【人間の力=創造力】がある。

AIには出来ないことね。

インプットした点がつながった時…

おそらく、インプットした点がつながり、
自分の中で線となって、
面となった時に、
Aha体験が起きて、
新しいものが生まれるような気がする。

だから、インプットは単なる情報収集。
自分が必要としている情報を吸い上げたら、
手放していいんだと思う。

その蓄積がいつしか線となり、
自分の“寄り道”してきた点がすべてつながり、
その時に道が開けるんだね。
シナプスがつながっていく感じ。

それは期が熟せば、
自然とやってくるような気がするのだ。
それほどに、宇宙はうまいこと出来てるから、
安心して好きなだけ“寄り道”したらいい。
これがアタシの考え。

嗚呼、学びが毎日多いなぁ。
幸せだなぁ。

オリジナルを創ることを楽しもう

家族に教わったことも、
学校で教わったことも、
社会で教わったことも、
友達に教わったことも、
恋人に教わったことも、
パートナーに教わったことも、
子どもに教わったことも、
すべては自分だけの宝物。

同じ体験をしている人なんて、
この世に一人もいない。
過去にも未来にも一人もいない。

だから、インプットしたことを、
どうMIXして、
オリジナルを創り上げるのかは、
自分が通ってきた道でしか、
創り出せないように、
自然の摂理としてなっているんだ。

でもそこでね、
自分自身が「生み出そう」という気持ちでいないと、
力だって使えないわけ。

「“自分”を使って、
新しいことを生み出す人になる!」

ということを、
自分自身で決めるのだ。
それが主体性で生きるってこと。

人に従っている場合ではない。
人に倣っている場合ではない。
人に合わせている場合ではない。

自分の中から湧き上がってくる、
創造力を思いっきり楽しもう。

Written by まついゆか

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受け身で“志”を生きていく。

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今日、ふと降りてきた気づき。
以前に「一番やらなきゃいけないこと」
という記事を書いたけれど、
そこにも繋がると思う。
というか、
その次のステップなんだと思う。

****************

生きるということは、
自分を愛し、
ありのまま受け容れ、
そして、志(決意)を立てるだけ。

あとは放置して、
受け身で生きていく。
ただ、それだけ。

それで、いいんだって思えた。

「私はここで咲きます」と、
咲いている道端の花のように。

「私はここで生きます」と、
力強い目をした野良猫のように。

足元をしっかり根付かせ、
そして【凛】と立つ。
それは、地球に根を張り、
世界(宇宙)に対して自分を開き、
そして自分を明け渡していること。

それを見た宇宙が、
「君はそこにいるんだね」
「君の運命はそこなんだね」と微笑み、
必要なことだけを与えてくれる。

こちらの志が宇宙から認識されると、
生きていくために必要な愛と情報が
宇宙から与えられる。

だから〈自分の運命〉に抗うことなく。
〈ありのままの自分〉を世界に開き、
〈自分の志〉を立てるだけ。

自分を生きるって、
多分そういうことなんだと思う。

そして、そんな生き方が、
自ずと然るべきところに行く。
ただ、それだけ。

でも、それだけで十分。
生きている意味も価値もある。

だから…
自分を愛し、
ありのまま受け容れ、
志(決意)を立てたら、
あとは起こってくることを信じて、
ただ現実を受け入れていこう。

自分から追い求めることもなく。
自分から追い掛けることもなく。
自分が頑張りすぎることもなく。
力を抜いて。

それで、良し☆

****************

Written by まついゆか

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最強の“ジブンの愛し方”

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以前、「自分を愛すること」を最優先にやらなくてはいけないことだ…ということについて書いた。

★ブログ:一番やらなきゃいけないことがわかった。★

その時に、「どうしたら自分を愛せるようになるのか?」ということについても少しだけ触れた。
昨日、ちょうど旬なネタで、剛力彩芽さんがインスタで…

自分をスキになる。とか、自分を大切にする。ってなんだろう、どういうことだろう。ってずっとかんがえています。

Instagram @ayame_goriki_official

と投稿していたことが、Webニュースに出ていた。
「そうかぁ…剛力さんでも、そんなこと思うんだなー」なんて思った今日このごろ。みんな、悩んでいるのだね。

そこで!
ここ最近感じている“最強のジブンの愛し方”が見えてきたので、それについて今回は書いちゃうよ!

“ジブンを愛すること”に対する勘違い

そんな簡単に「自分を愛するんだよ」なんて言うなよ!!…って思ったりしません? 知っとるわ!自分を愛することが大事なんてこと、薄々気づいとるわ!
けれど…実際、どうやんのよ? 教えてくれよぉ〜…ってことですよね。

ここで、よく耳にする“ジブンを愛すること”に対する勘違いを並べてみましょ!
* 自分を愛すると、自分勝手でワガママな人間になりそう
* 自分を愛すると、他人を押しのけ、意地悪な人間になりそう
* 自分を愛すると、自分が怠けてしまいそう
* 自分を愛すると、何もしなくなってダメ人間になりそう
こんなことが頭に浮かぶ人も多くいるかと。

でもね、これってなかなかの勘違いっす。勘違いっていうかね…表現が難しいんだけどね…ズバリ言うと。

次元が違う話しなんだよね!

じゃ、“ジブンを愛する”っていう状態は?

次元が違うって言われても、まぁ困るよね。じゃ、“ジブンを愛する”ってどういう状態で、どういう次元かっつーと…

【あるがままの私を、そのまんま自分で受容する】

ってことなんよ。
「自分を愛すると◯◯になりそう」っていう考えを持ってるってことはね、実は他人の目をめっちゃ気にしてるってことなんよ。他人の目を気にして、自分の在り方(態度・姿勢・言動・振る舞い等)を決めてるってことは、あるがままの私をそのまんま受容していることにはならないわけ。

他人の目をめっちゃ気にしてることを【他人軸の生き方】なんて言うけれど、その次元と、他人の目なんか気にせず、あるがままの自分で堂々と生きている【自分軸の生き方】という次元だと全く世界が違う。見え方も違う。当然のことながら、それが自分の態度・姿勢・言動・振る舞いなどに現れてくる。

で、【他人軸の生き方】をしている限り、本当の自分の生き方なんて出来るわけがない。
* 自分勝手でワガママになると、人が離れてしまいそう
* 他人を押しのけ意地悪になると、人に嫌われてしまいそう
* 怠けていると、誰かに責められそう
* 何もしてないと、誰からも信頼されなそう
こうやって他人の目を気にしてるもんだから、いつまでも〈自分にOK〉が出せない。ってことは、自分で自分をNGとしている。

【自分軸の生き方】をしている人というのは、どんな状態の自分であっても、他人になんと言われようとも〈自分にOK〉が出せているのだ。

↑これ、めっちゃ大事なこと言ったよ!!メモして、メモ!

【自分軸の生き方】のポイント

では、この【自分軸の生き方】で最大のポイントになるのはどこかっつーと、“ジブンの本音”なんよ。みなさま、自分の本音に気づいているかしらん?
本音っていうのは、心の中で呟いていることだったり、心の中に湧き上がってくる感情だったり、身体が感じている感覚だったりに現れている。この呟きや感じていることに、〈善い・悪い〉ってことは何一つない。

だって、アタシが感じてるんだもーん!

という世界である。
けれど、本音をそのままアウトプットしちゃうと、他人からどう思われるか…?というところを気にしちゃうがために、言うことや表現することを押さえたり、やめたり。時と場合によって嘘をついたり。自分の本音なんてなかったかのように無視をしたり…そんなことをする。
どう? してるっしょ?? しかも…ごく当たり前のように。

このように、自分の本音を自分の内側に溜め込んでいるうちに、そして誤魔化しているうちに、本当の自分がわからなくなって迷子になるのじゃ。

〈あるがままのアタシ〉で生きていけるの?

「あるがままのアタシ」っていうのが、〈感じたまんま・心の呟きのまんま〉なわけだけれども、そりゃー社会生活を送るにあたって、人から嫌われたくない、信頼を失いたくない、責められたくない…ってあるよね。
うん、うん、アタシにだってあるわ!

じゃ、どうやって社会を生きていくのさ?ってことですよ。
一番シンプルなのが、

別に万人に好かれなくてもよくね?

…ってことね。この世の全員に好かれるなんてこと、まずもって不可能だからね!人はいろんなことを勝手に投影している。自分が相手の投影される対象になることだって当然あるわけで、それはこっちがコントロールすることは出来ない。これを【他人の領域】っていう。

例えばね。アタシが相手に対して連絡を怠っていて、それに激怒してくる人がいたとするじゃん。そんな人が、たいてい言ってくる言葉が、「連絡を無視するなんて、信じられない!人でなし!!酷い人間だわ!!」なんてことを言ってくるわけですよ。裏を返せば、「私をもっと大事に扱いなさいよ」っていうことだったりする。ということは、その人が自分自身のことを大事に扱ってないから、「連絡を無視される=大事に扱われない」という変換を勝手にしちゃって激怒するわけ。

こうやって、人は勝手に誰か(物とかの場合ももちろんある)に投影をして、それを否定・批判をすることで、自分の心の平穏を保とうとする。これはれっきとした心の防衛反応。もうね、人の心理としてしょーがないの!

だからね、アタシやあなたが〈あるがまま〉で生きようと、生きなかろうと、変わんないわけ。それだったら、自由に〈あるがまま〉生きるほうが楽じゃない?

誰かのために生きてるんじゃない。アタシは自分のために生きている。だから〈あるがままのアタシ〉で生きていけばいいよ。フツーに。
しかも〈あるがままのアタシ〉を自分が認識できていないと、この後にある〈そのまんま自分で受容する〉ってことが出来ない。〈あるがままのアタシ〉を否定していたら、受容もクソもないわけ。

だから、はじめの一歩ね。
万人に好かれなくていいから。人が嫌うかどうかは相手の領域だから。
〈あるがままのアタシ=本音〉をまずは知ること。

か〜ら〜の〜〈そのまんま自分で受容する〉

第2ステップね。それが“受容”ってこと。ここも大事だよ。自分の本音を知ったところで、それを受容できなきゃ自分を愛していることにならん。
“受容”って難しい言葉のように感じるかもだけど、簡単に言うと、ただ【認めてあげる】ってことでいいのよ。認めてあげることは、結果的に受け容れること。本音の存在を自分で認めてあげる。

たまにさ…「お前なんてクソだ!地獄に落ちろーー!!死んでしまえー!」…って思うことだってあるじゃん。そりゃ、何十年も生きていれば、そう思う人に巡り合うことだって当然あるわよね。

それが本音だけど「表現しちゃいかん…」とか、「人を嫌ってはいかん…」なんて思ってると、それを包み隠して表現しないまま、自分の奥底に怒りと共に本音を押し殺す。それが時間が経過してくると、〈恨みつらみ〉になるわけ。

まずは、自分の本音として【地獄に落ちて欲しいと切に願うほど、相手に対してムカついている】ってことを自分で知らないと先に進めない。そして、そこを知ることが出来たら、次のステップとして「私は相手のことを地獄に落ちて欲しいと思うほどの怒りを持っているんだね」と、自分で自分の本音を認めてあげるのよ。すると、不思議なことにスーッと怒り(感情)が落ち着いてくる。

感情というのは“認められたい”わけ。認めてもらえないから暴れるんだよ。誰に認められたいって、子供の頃はそれこそ親だったりするわけだけど、本当は自分で自分を認めてあげたいよね。自分の本音を知って、自分で認めてあげることができたら、それは〈アタシOK〉ってこと。自分で自分にOKが出せたとき、まるっと自分のことを受け容れられる、許してあげられる。

許しは愛だからね。だから、自分を愛することというのは、自分を許すことでもあるのだ。

ワガママと愛することの違い

ちなみに“ワガママ”との違いは何かっつーと。“ワガママ”はね、他人をコントロールしようとする力が無意識レベルで働いているの。要するに、自分が“ワガママ”を言うことによって、相手が言うことをきいてくれるとか。相手の行動を変えようとするとか。これはね、とても幼稚な愛。そもそも愛の質が全く違うのよねー。

【真実の愛】とは、一切コントロールが入らない。なぜなら先述の通り〈受容〉だからね。
ただ、ただ…受け容れるだけ。
ただ、ただ…認めていくだけ。
ただ、ただ…愛するだけ。

“ワガママ”は、前回の記事でも書いたように頭(思考)から発信される。先程の連絡を怠った例でいうと、「あなたは私からの連絡を無視してはならない」っていうのはワガママ。相手からの愛が欲しくて、コントロールしたいから「連絡しなさいよ!」とか、「なぜ連絡よこさないのよ!」とかギャーギャー言って、相手の行動を変えようとさせる。

これは“愛されないこと”への怖れがあり、その感情を自分で受け容れること(認めること)が怖いから、思考で「あなたは私からの連絡を無視するべきではない!」と思い込み、無視されると爆発する…そんな構造。こんなカップルも多いんじゃなかろうか。。
そして結果的にね、“愛されないこと”が実現しちゃうわけ。とても残念なお知らせですが…。自分が一番怖れいていたことが現実化しちゃう。そして「なぜ、私は愛されないのだろうか…?」とげんなりしちゃう…。


最強の“ジブンの愛し方”

ということで、最強の“ジブンの愛し方”というのは、

アタシ、OK!

…と心の底から、腹の底から、スッキリと言い切れること。これが言い切れるようになったとき、〈まるっとジブン受容〉となって、結果的にあるがままのジブンを愛することになる。

そうすると、他者に対しても「アナタがどんな状態であれ、あるがままのアナタを愛しています」となるわけ。どんなに醜いところがあろうとも。どんなに汚いところがあろうとも。どんなに憎いところがあろうとも。自分を受容している量の分だけ、相手を受容することができる。それこそが、真実の愛♡

前回の記事に【自分愛するプロジェクト】として、アタシはヨガに通うってことを書いたけれど、それも単純に「ヨガに通う」という行動面だけで決めたのではなく、自分が大切にされていないって感じた出来事があった時、自分が自分を大切にしていなかった、粗末に扱っていた…という気づきがあったからなの。

自分の“本音”にちゃんと耳を傾けたら、自分が本当は何を求めているのか。自分が自分に何を認めて欲しいと思っているのかが、わかるようになってくる。だからステップとしては、
①本音(心の呟き、感情、身体感覚)に耳を傾ける
②本音を受容する・認めてあげる
③自分のニーズ(本当の願い)に応えてあげる
ということをしていくこと。

そのステップで言うと、アタシの場合は、
①本音で「大切にされてない」と心の呟きがあり
②「大切にされてないって感じたんだね。」と自分で受容をし、そして自分で自分のことを抱きしめた。
③「自分の心も身体も大切にしたい」という自分のニーズがあったので、自分の心も身体も大切にする行動として、時間とお金をかけて自分自身の心と身体を労っていく&磨いてことを選択した。その一歩としてヨガ!
・・・ということになったわけ。

ぜひとも地道に続けてほしい。本音に気づき、本音を受容し、そして本音からの願いを聴いてあげることを。その積み重ねが、【アタシOK】につながっていくから。剛力さんにも届けー(笑)

Written by まついゆか

ジブンを愛するステップ①〜③をサポートいたします♡

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頭デッカっち星人たちよ!

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2019年も引き続き、学びをし続けて忙しい日々を送っております。あちこちに学びに行っていて、とても大きなことに気づいた!!!

それは、日本人たちよ…

頭デッカっち星人だぞ!!

…ってこと。

学びどころじゃない。そっちの方が気になって、気になって仕方ないアタシ。。そんな気づきについて、シェアしたいと思います!
(もっと学んだことをアウトプットしろよって??…まあまあ。)

心や感性を学んでいるのに…

アタシが顔出す勉強会や講座って、主には心・感情・人間関係・感性に関することばかり。

当然のことながら、それを仕事としているわけだから、心の構造やら感性の構造やら…いろいろ知識として学ぶんだけれども、知識と並行してアタシがやっていることって、自分の心を探求すること。そして、クライアントさんのセラピーを通して、“感じること”に一緒にお付き合いをすること。それが仕事だから、基本姿勢として自分の感情や心、感性にとても敏感であるし、とても繊細であるし、とても意識が向いている。

普段からそのように自分や他人の“感じること”に敏感なだけに、感じることがどういうことなのか。言葉にならない曖昧なことも含めて、感情・感性・心というものが、どんなものなのか。それを体感レベルで知っているわけだ。

けれども、最近の現代人は“理性教育”を受けてきた人たちばかり(アタシも一応そうだけど…笑)。そうすると、そもそも“感じること”自体が分からない人が多いこと、多いこと。感じて生きていたら、乗り越えられなかった“理性教育”がベースだった時代。だからこそ、みんな自分の“感じること”を押し殺して生きてきた。そのため、心や感性のことを学んでいても、実際それがどういうことなのか、どうやったら出来ることなのか…が結びつかないんだと思う。

頭で理解しようとする“心”や“感性”

だから、みんなは先生たちに質問をするの。
「それを実現(実行)するためには、どうすればいいんでしょうか?」
「先生の仰っていることを社内に取り入れようとするならば、何から始めればいいんでしょうか?」
「具体的に…部下たちに何と言えばいいんでしょうか?」などなど。

要するに、心や感性というものを、頭で理解しようとしている。そしてやり方や方法論だけを聞こうとする。
受講生たちの「???」っていうのと、実際に職業としてやっている講師陣たちとの間に、とても大きな溝を感じる。講師陣たちは、当然のことながら心や感性を教えている人たちなので、その視点や立場から回答をする。けれども、講師からの回答をもらっても、どことなく拭いきれない感じの「???」が見えてしまうのは、アタシだけだろうか。

心や感性を実感するには、自分が体験する他、方法はないんだよ〜!! だから、心や感性の講座をするときは、ワークショップ的なことを一緒にやって、実際にその場で体感してもらわないと、本質が伝わらないんじゃないかと思った。もったいない!

頭で理解した知識でカウンセラーになろうとするから

こうして頭で理解した知識だけではとても偏りがあり、また危険を伴うことも多い心理セラピー業界。人の人生に踏み込んでいくこと、セラピストという立場を利用して相手のマインドをコントロールできちゃうところ。セラピスト自身がさまざまな感情を味わい尽くしていないと、相手の感情に付き合うことは出来ない。それだけ、大変な感情労働なんである。

頭デッカっちセラピスト・カウンセラーが充満しているとさえ感じている今日このごろ。当然、知識も大事なんだよ。でも結局のところ、いくら理性に知識ばっかりを詰め込んだところで、感じることをしていなかったらこの仕事は務まらないし、なによりもクライアントへの理解が深まらない。コントロール的なセッションになって、最終的には変な方向へと向かっていく。そんなカウンセリング・セラピーもいっぱいあるのが現状だ。

心・感性は感じるものだから、理解は不要

心や感性は【感じるもの】だから、ぶっちゃけ理性での理解・理屈は不要。“なんだかよくわからない感じ”こそが、【感じているそのもの】なんである。感じることを先にやって、後から理解・知識が入ってくるととても腑に落ちる。体感を伴わないと、心・感性は本当には学べないのだ。

けれども人は、形が見えないものに対して、とても大きな不安を抱く。“なんだかよくわからない感じ”というのを、そのままにしておくことが怖いのだ。だから無理に言葉にしたり、知識にしたり、数値化したり…さまざまな形に当てはめようってする。

アタシは、

心・感性はハッキリと理解しないことや不明確なことに、
意味と価値がある

…って思う。そして、そこがとても大切なのだ。だって、それぞれの人が感じている、とても繊細で軟な部分だからね。その人だけが感じている、とても大切な部分。そう簡単に人に分かってたまるもんか!

…だよね。

インプットがお腹いっぱいと思った理由

なんだかインプットがお腹いっぱいと思った理由は、ここにあると思った。アタシはもう知識を入れたり、頭での理解をしたいんではない。感じることや心を育てていきたいし、また自分自身もそういう場所を提供したいのだ。
自分の中の感じている繊細で軟な部分、自分の感性や直感、そして感情や心を実感できる場所。頭だけの講座は、もう満杯だ。しかも、そういう心や感情・感性を実感できる場所、育める場所ってそんなに多くない。理論を教える講座は山ほどあるのに。

目指せ、心デッカっち星人☆

もうこれ以上、頭デッカっちになるのはやめよう。そして、心デッカっちになろう…って思った。日本人は賢明で真面目だから、勉強熱心だし、努力家だよね。その分、自分を守りたがる性質もあるし、不明確なものに対する不安が強い。
その性質は理解しているけれども・・・

もっと心の冒険しようよ!
頭を大きくすることは休んで、心を耕すことをしようよ!

心デッカっちになるメリットを紹介しちゃうよ!

♡ 幸福感をたくさん感じられるようになる
♡ 人生が楽しくて仕方ない(その代わり、浮き沈みも激しいよ)
♡ 充足感にあふれている
♡ めっちゃ“生きている感”がある
♡ 自分のことを知り、自分を愛おしく思える

これからは感性の時代が到来。もう理性時代は終わっていくのみ。
先日、とある会議でママさんたちが子供の教育について考えていらっしゃいました。なぜ中学受験をさせるのか?何のためにさせるのか?これから求められるのは何なのか?…ママさんたちも試行錯誤されているようです。

もはや理性教育が終わっていく時代へ突入するわけだから、個性を伸ばして、どれだけ尖って生きていけるか‥が今後必要になる生き方。そのためには、子どもたちの奥底に眠っている【◯◯したい】をいかに引き出せるか…そこがポイント。子どもたちの中のニーズを、個性として捉え、そこを伸ばすためのサポートをしてあげるのが大人の役割。

理性は全員が同じ答えにたどり着く教育。そして正しいか間違っているか…の二元で人を判断し価値を図る教育だった。これは経済を発展させるために必要だったの。けれど、もはやその教育は時代遅れになりつつあり、だから不登校の子どもたちが続出する。いいんです、不登校になって。いいんです、自分の中の“違和感”を信じて。国の対応が遅れているだけです。国を作ってる大元が、理性教育を生きてきた人たちだからね。ギャップがあるのよ。

これからは全員が違う答えにたどり着く時代。違う答えを持っているもの同士が、それぞれの長所を活かし合って、新しいものを生み出すクリエイティブな生き方こそが、これからの時代にあった生き方。そのために、一人ひとりが違う心・感性を豊かにし、大切にし、尊重し、活かし合うこと。(By 感世論哲学)

だから時代を先読みして、もう頭デッカっち星人を卒業して、心デッカっち星人へとシフトチェンジせよ!

Written by まついゆか

絶賛心デッカっち星人、育成中です(笑)
個人セッションって何?‥という方は、まずコチラから

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