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今夜、5年半住んでいた場所で過ごす最後の夜になる。

とても感慨深いもので、
しんみりと一人で5年半を振り返ってみた。
長編です…

引越してきた理由は母の癌

思い返せば、
この場所(横浜)に越してきたのは、
母親の癌がきっかけだった。

それまで私は都内に住み、
仕事に忙殺される日々を送っていた。
徹夜が続いたり、
休みが取れなかったりして、
独り身の母を気遣うことが出来ず、
実家に帰れる距離ではあったが、
それが時間的になかなか出来なかった。

母から電話がかかってきても、
忙しさにかまけて、
流すような聞き方をしていたり。
適当にあしらってしまっていたり。
めんどくさいと思ってしまったり。
用件だけを聞く会話。

自分のことに必死で、
余裕を持つことが出来なかった。

自分自身も多忙な生活から、
自律神経失調症やうつ状態になったりして、
仕事を休んでいた時期もあった。
だから尚更、自分のことに必死で、
母のことまでかまっていられなかったのだ。

そんな母の癌が発覚したのが、
2014年10月のことだった。

母との同居生活

母の実家が横浜で、
ずーっと母は横浜に戻りたいと思っていた。
自分の親兄弟がいるから、
一人ぼっちにはならない。

癌が発覚し、
手術をする病院を選ぶ時、
彼女は横浜の病院を選んだ。

当時、肝臓がん&肝硬変を患っていた彼女は、
余命2年と言われていた。

余命2年と聞いた私は、
一人にさせられないし、
その2年を共に過ごそうと決意し、
自分も横浜へ越すことにした。

「私が面倒を見よう」と思って。

こうして始まった、
母との同居生活。

2014年12月に行われた手術は無事終わり、
その後の回復も順調だった。

C型肝炎から肝臓がんへとなったが、
肝炎に関しては最新医療によって完治するほど。
みるみる母親が元気になってゆく。

余命2年はとっくに過ぎ、
手術後半年くらいは駅まで歩くのがやっとだったのに、
今となっては私より早く歩くほどだ。

仕事も出来るようになり、
今では妹と二人で楽しく仕事をしている。

本当に、本当によかった。
自分の「戻りたい場所」に戻れて。
自分の「安心できる場所」に帰れて。
自分の「好きな人」(私と実妹)に囲まれて。

けれども、いつしか私の人生は、
母に“付き合っている”ような、
“乗っ取られている”ような感覚になっていった。
これは、母が元気になってくれたからでもあるが。

良かったと裏腹に…

元気になってよかったと、
本当に心の底から思う。

この状況を知ってくれていた周囲の人たちは、
会うたびに今でも「お母さんはどぉ?」と、
気に掛けてくれる。
有り難いことだ。

しかし、正直なことを言うと、
「良かった」という思いと裏腹に、
「私は私の人生を生きたい」という思いが、
また沸々と湧き出てくるようになった。

いつしかそれが、
母に拘束されているような。
母に繋がれているような…そんな感覚へと変わっていった。

もう‥十分付き合ったよね?
もう‥一人で大丈夫だよね?
もう‥私は私を生きていいよね?

そんなことを思いながらも、
同時に起こっているのは、

また一人にしたら病気になるのだろうか?
私が寂しい思いをさせたから病気になったのだろうか?
母には私が居てあげないといけないのだろうか?

という思い。

この矛盾の渦の中。
これをずーっと行ったり来たりしていたのだ。

母と別々になるにしても、
以前の自宅を売ってしまったので、
住む場所がなくなる。
私が自分の家賃と母の家賃を負担するほど、
経済的に余裕があるか…というと、
そういうわけでもない。

ましてや、当初の仕事・事業に対し、
自分の中での違和感、抵抗があり、
新規事業へと移りたかった。
しかし母のことを考えると、
そんな冒険も出来ない…

いつしか母も、
私を捕まえているような感覚になっているようで、
「申し訳ない…」というような、
発言をするようになってきた。

それがまた、苦しかった。

その頃からセラピーやワークに取り組む

そんな母との関係を、
「すごい重大な問題!」という自覚はなかったが、
ただ、何かと影響をしていたのは事実で、
うっすらと自覚はあった。

それこそ、仕事をするのも、
母との生活を守るためになっちゃうし。
それが自分の人生を生きていないような
感じがあって苦しくて。
そこから脱却したくても、
どうしたらいいのかわからなかった。

内心でそんなことを思っていたが、
誰にも打ち明けられなかったし、
この年齢になっても、
母との関係が密接であることを、
どこか恥ずかしく思っていたんだと思う。
「自立できていない人」と思われてしまうようで、
そんな自分を恥じていた。

そのタイミングで出逢ったのが、
2016年 岡部明美さん(通称:明美ちゃん)の
ワークショップだった。

当時は「心理学を学び直そう!」という
意識で行ったつもりだったが、
今振り返って思うと、
母からの脱却を、
自分の潜在意識は望んでいたんだと思う。
だから、導かれるように明美ちゃんのところへ行き、
そこから3年間、自分と向き合う旅をしたのだ。

3年間で内面にドップリ浸り、整える

こうして、明美ちゃんとの出逢いをきっかけに、
再び15年程前にハマっていた心理学の世界へと、
戻っていったのだった。

15年前よりももっともっと深く、
心理学という学問ではなく、
セラピーを通じて自分に気づき、自分と向き合い、
自分を癒やし、自分を見つめ、自分を掘り下げ、
いろんな自分を発見した。
自我を超えて、自己までを見る場だった。

母親との関係、父親との関係。
自分の中の依存心、自分の中の恥じている部分。
自分の生き様、自分の長所も短所も。
とにかく、徹底的に自分に向き合いまくる、
心の探求旅行が始まったのだった。

自分を整えまくった結果、出逢った本来の自分&パートナー

面白いことに、
内面的な変化が起こると、
現実が本当に変わっていく。

しかも自然に
無理な力が働くことなく。
流れるよう
に変わっていく。

これが私の実感であり、実体験だ。

私がセラピーやワークを通じて、
取り組んできたのは…
親からの本当の自立。
親の人生から自分の人生を取り戻す。
自分の本来の願いを生きる。
自分の本来の姿で生きる。
ポジティブな面もネガティブな面も全て受け入れ、
ありのままの自分を愛して生きる。

この生き方が出来るようになった時。
この生き方が腑に落ちた時。
この生き方に絶対的な確信が持てた時。

出逢いに変化が起こる。
そんな奇跡が本当に起こるのだ。

ようやく見つけた本来の自分の姿と、
ありのままの私をまるっと受け入れてくれる人。
これは私自身が、
「自分をまるっと受け入れられるようになった」
ことを、彼という存在が証明してくれている。

自分の内側(マインド)の世界は、
すべて外側(世界・他者)に現れる。

明日からはネクストステージへ

明日からは、
生活する場所・環境が変わる。

この引越や同棲も、
スルスル〜と流れるように決まっていき、
自分でも「本当、明日引っ越すのか?」と、
自覚がないほど(笑)

信じられないかもだけど、
42年間生きてきて、
〈完全なる他人との同居〉は
はじめての体験!!!!
明美ちゃんにも驚かれた(笑)

半同棲くらいはあるけどね。
他人と生活を共にするのは、人生初なのだ。

これまでの彼氏には、
頑張って同棲を促してきたり、
無理やり同棲へと漕ぎ着けようとしたり(笑)
なんか力んで、力づくでなんとかしようとしてた!

こんなに自然な流れで、
当たり前のように同棲がカタチになるって、
本当はじめてのこと。

そして今の彼とは、
はじめましてじゃない感覚。
自分の片割れみたいな、そんな感覚がある。

だから、同棲も結婚も「すごい!」「めでたい!」
とかじゃなくって…笑
私達にとって、ごくごく普通のことで、当たり前すぎること。
そのくらい自然な流れで、
事が運んでいくっていうのは、
本来の自分に帰れたからだと私は思ってる。

この世の中の摂理というのは、
自然な姿で在るものは、自然に調和されていく…
これが、私が経験した先に行き着いたところだ。
花がそこで花を咲かせているように。

明日からは、私のネクストステージ
=愛のステージがようやく幕開けだ。

ワタシは今、とても幸せです

私は、今、とても幸せです。
平穏で、豊かで、満ちている…そんな気持ちが、
毎日続いている状態。

相手の反応に振り回されることなく、
一喜一憂することなく、
常に平穏で、平常心で、豊かで、満ち溢れ、
「自分の芯」を保ったままでいられます。

これはもちろん彼の存在が大きいけれども、
「相手が幸せにしてくれる」のではなく、
自分が自分を幸せに出来ること。

そして、自分の幸せを分かち合い、
お互いに循環していくこと。
これが真の幸せなんだな…
と、実感しています。

今月からスタートする『40才からのしあわせカレッジ』では、
今日綴った私の体験がベースになったものです。
私の集大成といっても過言ではないww

「婚活✕心理学」がプログラムの構成になっていますが、
ここでネタばらしをしてしまうと…
婚活は一部であって、

幸活

をしていくところが、
この『40才からのしあわせカレッジ』の本当の目的。

私は漠然と「自分の人生がうまくいっていない感」に苛まれ、
42年間を悶々としながら生きてきましたが、
ここ3年間ほどの取り組みで、
人生の舵が大きく方向転換しました。

ガラリ!と急に人生が変わった!
いきなり幸せになった!
…なんてことは、無理です。
徐々に、コツコツと…の積み重ねが、
いつしか大きく自分の人生を変えてきます。

さらに詳しくお伝えするために、
Zoomでの無料セミナーをやってます。

テーマ;理想の相手を引き寄せる裏技の真実

ご興味ある方は、
ぜひWebサイトを覗いてみてください♡

ここから

…というわけで、話しがそれましたが(笑)
ここでの5年半は濃厚で濃密なステージでした。

あ、そう言えば、住まいが変わるというのは、
潜在意識的なステージが変わることにも直結しますからね。
引越や生活環境が変わるというのは、
新しいステージへのお知らせですよ。

話しが脱線した上、
ながーいブログでしたが、
最後までお読みいただいて、
ありがとうございました。

この5年半、ありがとう!
この5年半、私、お疲れ様!
そして、明日からの新しい生活、よろしく!

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https://yuka8.com/wp-content/uploads/2020/08/IMG_6428-768x1024.jpghttps://yuka8.com/wp-content/uploads/2020/08/IMG_6428-150x150.jpgまつい ゆか幸|Happiness心|Mind綴|Blogしあわせ,しあわせカレッジ,アラフォー婚活,同棲,幸せ,毒親今夜、5年半住んでいた場所で過ごす最後の夜になる。 とても感慨深いもので、しんみりと一人で5年半を振り返ってみた。長編です… 引越してきた理由は母の癌 思い返せば、この場所(横浜)に越してきたのは、母親の癌がきっかけだった。 それまで私は都内に住み、仕事に忙殺される日々を送っていた。徹夜が続いたり、休みが取れなかったりして、独り身の母を気遣うことが出来ず、実家に帰れる距離ではあったが、それが時間的になかなか出来なかった。 母から電話がかかってきても、忙しさにかまけて、流すような聞き方をしていたり。適当にあしらってしまっていたり。めんどくさいと思ってしまったり。用件だけを聞く会話。 自分のことに必死で、余裕を持つことが出来なかった。 自分自身も多忙な生活から、自律神経失調症やうつ状態になったりして、仕事を休んでいた時期もあった。だから尚更、自分のことに必死で、母のことまでかまっていられなかったのだ。 そんな母の癌が発覚したのが、2014年10月のことだった。 母との同居生活 母の実家が横浜で、ずーっと母は横浜に戻りたいと思っていた。自分の親兄弟がいるから、一人ぼっちにはならない。 癌が発覚し、手術をする病院を選ぶ時、彼女は横浜の病院を選んだ。 当時、肝臓がん&肝硬変を患っていた彼女は、余命2年と言われていた。 余命2年と聞いた私は、一人にさせられないし、その2年を共に過ごそうと決意し、自分も横浜へ越すことにした。 「私が面倒を見よう」と思って。 こうして始まった、母との同居生活。 2014年12月に行われた手術は無事終わり、その後の回復も順調だった。 C型肝炎から肝臓がんへとなったが、肝炎に関しては最新医療によって完治するほど。みるみる母親が元気になってゆく。 余命2年はとっくに過ぎ、手術後半年くらいは駅まで歩くのがやっとだったのに、今となっては私より早く歩くほどだ。 仕事も出来るようになり、今では妹と二人で楽しく仕事をしている。 本当に、本当によかった。自分の「戻りたい場所」に戻れて。自分の「安心できる場所」に帰れて。自分の「好きな人」(私と実妹)に囲まれて。 けれども、いつしか私の人生は、母に“付き合っている”ような、“乗っ取られている”ような感覚になっていった。これは、母が元気になってくれたからでもあるが。 良かったと裏腹に… 元気になってよかったと、本当に心の底から思う。 この状況を知ってくれていた周囲の人たちは、会うたびに今でも「お母さんはどぉ?」と、気に掛けてくれる。有り難いことだ。 しかし、正直なことを言うと、「良かった」という思いと裏腹に、「私は私の人生を生きたい」という思いが、また沸々と湧き出てくるようになった。 いつしかそれが、母に拘束されているような。母に繋がれているような…そんな感覚へと変わっていった。 もう‥十分付き合ったよね?もう‥一人で大丈夫だよね?もう‥私は私を生きていいよね? そんなことを思いながらも、同時に起こっているのは、 また一人にしたら病気になるのだろうか?私が寂しい思いをさせたから病気になったのだろうか?母には私が居てあげないといけないのだろうか?という思い。 この矛盾の渦の中。これをずーっと行ったり来たりしていたのだ。 母と別々になるにしても、以前の自宅を売ってしまったので、住む場所がなくなる。私が自分の家賃と母の家賃を負担するほど、経済的に余裕があるか…というと、そういうわけでもない。 ましてや、当初の仕事・事業に対し、自分の中での違和感、抵抗があり、新規事業へと移りたかった。しかし母のことを考えると、そんな冒険も出来ない… いつしか母も、私を捕まえているような感覚になっているようで、「申し訳ない…」というような、発言をするようになってきた。 それがまた、苦しかった。 その頃からセラピーやワークに取り組む そんな母との関係を、「すごい重大な問題!」という自覚はなかったが、ただ、何かと影響をしていたのは事実で、うっすらと自覚はあった。 それこそ、仕事をするのも、母との生活を守るためになっちゃうし。それが自分の人生を生きていないような感じがあって苦しくて。そこから脱却したくても、どうしたらいいのかわからなかった。 内心でそんなことを思っていたが、誰にも打ち明けられなかったし、この年齢になっても、母との関係が密接であることを、どこか恥ずかしく思っていたんだと思う。「自立できていない人」と思われてしまうようで、そんな自分を恥じていた。 そのタイミングで出逢ったのが、2016年 岡部明美さん(通称:明美ちゃん)のワークショップだった。 当時は「心理学を学び直そう!」という意識で行ったつもりだったが、今振り返って思うと、母からの脱却を、自分の潜在意識は望んでいたんだと思う。だから、導かれるように明美ちゃんのところへ行き、そこから3年間、自分と向き合う旅をしたのだ。 3年間で内面にドップリ浸り、整える こうして、明美ちゃんとの出逢いをきっかけに、再び15年程前にハマっていた心理学の世界へと、戻っていったのだった。 15年前よりももっともっと深く、心理学という学問ではなく、セラピーを通じて自分に気づき、自分と向き合い、自分を癒やし、自分を見つめ、自分を掘り下げ、いろんな自分を発見した。自我を超えて、自己までを見る場だった。 母親との関係、父親との関係。自分の中の依存心、自分の中の恥じている部分。自分の生き様、自分の長所も短所も。とにかく、徹底的に自分に向き合いまくる、心の探求旅行が始まったのだった。 自分を整えまくった結果、出逢った本来の自分&パートナー 面白いことに、内面的な変化が起こると、現実が本当に変わっていく。しかも自然に。無理な力が働くことなく。流れるように変わっていく。これが私の実感であり、実体験だ。 私がセラピーやワークを通じて、取り組んできたのは…親からの本当の自立。親の人生から自分の人生を取り戻す。自分の本来の願いを生きる。自分の本来の姿で生きる。ポジティブな面もネガティブな面も全て受け入れ、ありのままの自分を愛して生きる。 この生き方が出来るようになった時。この生き方が腑に落ちた時。この生き方に絶対的な確信が持てた時。 出逢いに変化が起こる。そんな奇跡が本当に起こるのだ。 ようやく見つけた本来の自分の姿と、ありのままの私をまるっと受け入れてくれる人。これは私自身が、「自分をまるっと受け入れられるようになった」ことを、彼という存在が証明してくれている。 自分の内側(マインド)の世界は、すべて外側(世界・他者)に現れる。 明日からはネクストステージへ 明日からは、生活する場所・環境が変わる。 この引越や同棲も、スルスル〜と流れるように決まっていき、自分でも「本当、明日引っ越すのか?」と、自覚がないほど(笑) 信じられないかもだけど、42年間生きてきて、〈完全なる他人との同居〉ははじめての体験!!!!明美ちゃんにも驚かれた(笑) 半同棲くらいはあるけどね。他人と生活を共にするのは、人生初なのだ。 これまでの彼氏には、頑張って同棲を促してきたり、無理やり同棲へと漕ぎ着けようとしたり(笑)なんか力んで、力づくでなんとかしようとしてた! こんなに自然な流れで、当たり前のように同棲がカタチになるって、本当はじめてのこと。 そして今の彼とは、はじめましてじゃない感覚。自分の片割れみたいな、そんな感覚がある。 だから、同棲も結婚も「すごい!」「めでたい!」とかじゃなくって…笑私達にとって、ごくごく普通のことで、当たり前すぎること。そのくらい自然な流れで、事が運んでいくっていうのは、本来の自分に帰れたからだと私は思ってる。 この世の中の摂理というのは、自然な姿で在るものは、自然に調和されていく…これが、私が経験した先に行き着いたところだ。花がそこで花を咲かせているように。 明日からは、私のネクストステージ=愛のステージがようやく幕開けだ。 ワタシは今、とても幸せです 私は、今、とても幸せです。平穏で、豊かで、満ちている…そんな気持ちが、毎日続いている状態。 相手の反応に振り回されることなく、一喜一憂することなく、常に平穏で、平常心で、豊かで、満ち溢れ、「自分の芯」を保ったままでいられます。 これはもちろん彼の存在が大きいけれども、「相手が幸せにしてくれる」のではなく、自分が自分を幸せに出来ること。 そして、自分の幸せを分かち合い、お互いに循環していくこと。これが真の幸せなんだな…と、実感しています。 今月からスタートする『40才からのしあわせカレッジ』では、今日綴った私の体験がベースになったものです。私の集大成といっても過言ではないww 「婚活✕心理学」がプログラムの構成になっていますが、ここでネタばらしをしてしまうと…婚活は一部であって、 幸活 をしていくところが、この『40才からのしあわせカレッジ』の本当の目的。 私は漠然と「自分の人生がうまくいっていない感」に苛まれ、42年間を悶々としながら生きてきましたが、ここ3年間ほどの取り組みで、人生の舵が大きく方向転換しました。 ガラリ!と急に人生が変わった!いきなり幸せになった!…なんてことは、無理です。徐々に、コツコツと…の積み重ねが、いつしか大きく自分の人生を変えてきます。 さらに詳しくお伝えするために、Zoomでの無料セミナーをやってます。 テーマ;理想の相手を引き寄せる裏技の真実 ご興味ある方は、ぜひWebサイトを覗いてみてください♡↓ここから …というわけで、話しがそれましたが(笑)ここでの5年半は濃厚で濃密なステージでした。 あ、そう言えば、住まいが変わるというのは、潜在意識的なステージが変わることにも直結しますからね。引越や生活環境が変わるというのは、新しいステージへのお知らせですよ。 話しが脱線した上、ながーいブログでしたが、最後までお読みいただいて、ありがとうございました。 この5年半、ありがとう!この5年半、私、お疲れ様!そして、明日からの新しい生活、よろしく!Life Artist まついゆか公式ブログ