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対話で心と関係性のコリをほぐす、
心の対話ファシリテーターまついゆかです。

なんかさ、Aでもなく、Bでもなく、Cという選択。
直線的なものではなく、曲線的なもの。
これって大事な気がするよな…と、ここ最近思うのです。

近代は少し急ぎすぎたのではなかろうか。
ある意味、勢いがあり、スピードがあり、急成長を遂げ、
おかげさまで豊かな生活が手に入ったワタシたち。

と同時に、何かを置き去りにしてしまったような。
何か大切なものを忘れ去れているような。
そんな気がしてならないし、
その“違和感”を感じている人たちも現れているよね。

だから今、田舎暮らしが流行ったり、
農業に魅力を感じる人が多くいたり。
いい意味で、人間らしさを取り戻すステージに、
入ってきたような気がします。

本当に大きく時代が変わる過渡期を、
今体験しているんだな、ってしみじみ。

“ななめ”の関係

昔ってさ、上下関係以外の第三者となる、
“ななめ”の関係の人っていませんでした?

近所のおじさん・おばさんだったり。
保健室の先生だったり。
遠からず、近からず、ホッと出来る存在。

核家族が多くなり、
ご近所の方との接点も少なくなり、
地域のつながりも薄くなってきている今。
“ななめ”にいてくれた存在って、
めちゃくちゃ重要だったんだなって思います。

特に自分が子供の頃ね。
友達のお父さんやお母さん。
お隣さんや同じ団地の人たち。
駄菓子屋さんのおばあちゃん。
みんなが自分を気にかけてくれているような感じ。

今でも、そういう地域はあるんだろうけど。
そういう人たちはいるんだろうけど。
昔よりは減っているような気がするな。

この“ななめの関係”の存在意義ってなんだろう?って
改めて考えてみると、

安心する場所

なんだと思う。

利害関係がない分、
直接的な関係がない分、
緊張感が走らないしね。
被ることもないしね。
損得、正誤、勝負、そういった二元論から、
距離が置ける存在なんだよ。

これって、めちゃくちゃ大事だと思わない?

寄り道の大切さ

同じく、寄り道する場所も大切よね。

学校帰りの公園。
習い事の帰りの駄菓子屋さん。
出勤前のカフェ。
仕事帰りの赤提灯。

寄り道することも、
第三者の存在と同じように、

息つく場所

なんだと思う。

白か黒か。
0か100か。
そんな世界に疲れちゃったよね。
グラデーションを楽しみたいし、
100までのプロセスを味わいたい。

もう二元論の世界は終わってゆくし、
そのきっかけになったことが、
“ダイバーシティ”だったんではなかろうか。

対話は第三者がキーマンとなる

この第三者の存在。
そして、寄り道を作ること。
とても大切で、これはワタシの今の仕事にも通ずる。

対話は「相対(=向かい合って)して話す」だけど、
その向き合う時に自分のバリバリ主観100%だと、
対話も対立になってしまうのだ。

バリバリ主観の状態から、
少しのスペースを生み出し、
そのスペースから自分と相手への理解へとつながって、
お互いが溶け合っていくプロセスを辿る。
これが対話において大切なことだと、
ワタシは思っている。

そのスペースづくりを、
ファシリテーターはお手伝いをするわけなのだ。

だから利害関係のない、直接的な関係ではない、
当事者以外の第三者である必要性があり、
そこに意味と価値があるのだ。

ファシリテーターが担うこと。

Youtubeで、第三者の重要性を話してみました。
なぜ対立になってしまうのか?
そして、第三者のファシリテーターが何を役割として担い、
入ることで、どのようなことが起こるのか。 などなど。
10分弱の動画です😊

 

第三者の存在を配置しよう!

ということで、自分にとっての第三者的存在、
寄り道する場所を作っておきましょう。

力を抜いて話が出来る人。
気を使わずに居られる場所。
口を開けてボケーっとしても許される場所。
それは、安心・安全な場所や存在。

もう急いでゴールに行かなくていいから。
もう目標とか掲げなくていいから。
もう誰かと、何かと戦わなくていいから。
もう私たちは十分に幸せと豊かさを手にしてるからさ。

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https://yuka8.com/wp-content/uploads/2021/09/f64f8859e3f4bbfefcc4e8f4c822e637-1024x576.jpghttps://yuka8.com/wp-content/uploads/2021/09/f64f8859e3f4bbfefcc4e8f4c822e637-150x150.jpgまつい ゆか交|Dialogue志|Business結|Relationship綴|Blogまついゆか,ファシリテーション,ファシリテーター,人間関係,寄り道しよう,対話,心の対話,第三者の存在対話で心と関係性のコリをほぐす、心の対話ファシリテーターまついゆかです。 なんかさ、Aでもなく、Bでもなく、Cという選択。直線的なものではなく、曲線的なもの。これって大事な気がするよな…と、ここ最近思うのです。 近代は少し急ぎすぎたのではなかろうか。ある意味、勢いがあり、スピードがあり、急成長を遂げ、おかげさまで豊かな生活が手に入ったワタシたち。 と同時に、何かを置き去りにしてしまったような。何か大切なものを忘れ去れているような。そんな気がしてならないし、その“違和感”を感じている人たちも現れているよね。 だから今、田舎暮らしが流行ったり、農業に魅力を感じる人が多くいたり。いい意味で、人間らしさを取り戻すステージに、入ってきたような気がします。 本当に大きく時代が変わる過渡期を、今体験しているんだな、ってしみじみ。 “ななめ”の関係 昔ってさ、上下関係以外の第三者となる、“ななめ”の関係の人っていませんでした? 近所のおじさん・おばさんだったり。保健室の先生だったり。遠からず、近からず、ホッと出来る存在。 核家族が多くなり、ご近所の方との接点も少なくなり、地域のつながりも薄くなってきている今。“ななめ”にいてくれた存在って、めちゃくちゃ重要だったんだなって思います。 特に自分が子供の頃ね。友達のお父さんやお母さん。お隣さんや同じ団地の人たち。駄菓子屋さんのおばあちゃん。みんなが自分を気にかけてくれているような感じ。 今でも、そういう地域はあるんだろうけど。そういう人たちはいるんだろうけど。昔よりは減っているような気がするな。 この“ななめの関係”の存在意義ってなんだろう?って改めて考えてみると、 安心する場所 なんだと思う。 利害関係がない分、直接的な関係がない分、緊張感が走らないしね。被ることもないしね。損得、正誤、勝負、そういった二元論から、距離が置ける存在なんだよ。 これって、めちゃくちゃ大事だと思わない? 寄り道の大切さ 同じく、寄り道する場所も大切よね。 学校帰りの公園。習い事の帰りの駄菓子屋さん。出勤前のカフェ。仕事帰りの赤提灯。 寄り道することも、第三者の存在と同じように、 息つく場所 なんだと思う。 白か黒か。0か100か。そんな世界に疲れちゃったよね。グラデーションを楽しみたいし、100までのプロセスを味わいたい。 もう二元論の世界は終わってゆくし、そのきっかけになったことが、“ダイバーシティ”だったんではなかろうか。 対話は第三者がキーマンとなる この第三者の存在。そして、寄り道を作ること。とても大切で、これはワタシの今の仕事にも通ずる。 対話は「相対(=向かい合って)して話す」だけど、その向き合う時に自分のバリバリ主観100%だと、対話も対立になってしまうのだ。 バリバリ主観の状態から、少しのスペースを生み出し、そのスペースから自分と相手への理解へとつながって、お互いが溶け合っていくプロセスを辿る。これが対話において大切なことだと、ワタシは思っている。 そのスペースづくりを、ファシリテーターはお手伝いをするわけなのだ。 だから利害関係のない、直接的な関係ではない、当事者以外の第三者である必要性があり、そこに意味と価値があるのだ。 ファシリテーターが担うこと。 Youtubeで、第三者の重要性を話してみました。なぜ対立になってしまうのか?そして、第三者のファシリテーターが何を役割として担い、入ることで、どのようなことが起こるのか。 などなど。10分弱の動画です😊   https://youtu.be/O3Tp9SkxmJ4 第三者の存在を配置しよう! ということで、自分にとっての第三者的存在、寄り道する場所を作っておきましょう。 力を抜いて話が出来る人。気を使わずに居られる場所。口を開けてボケーっとしても許される場所。それは、安心・安全な場所や存在。 もう急いでゴールに行かなくていいから。もう目標とか掲げなくていいから。もう誰かと、何かと戦わなくていいから。もう私たちは十分に幸せと豊かさを手にしてるからさ。実現プロデューサー〈ゆかえもん〉公式ブログ