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気づけば長いこと、“心のこと”に関わってきました。途中で脱線したり寄り道したりしたけれど、〈心理学〉の知識・視点を持つようになってからは13年になります。

20代後半から“心に関すること”の門をたたき、はじめの頃は学ぶことが楽しくて、楽しくて仕方ありませんでした。また、学んだことを自分の内観や自己探求することにも活かし、これもおもしろくて仕方ありませんでした。今となっては冷静で穏やかな私ですが(多分?)、それこそ20代に心理学を学び始めた頃は、実はすったもんだしていて、泣いてばっかりいたんです。

人前で話すことが怖くて泣く。
自分の感情を表現することが出来なくて苦しくて泣く。
自分が何を感じているのかが分からなくて泣く。
壁にぶつかっては自己探求の材料だと考え、
深く深く考えて気づきを得て、それをシェアしながら泣く…。

今思うと、なんであんなに泣いていたんだろうと思うくらい、泣いてばかりいました。今となっては想像つかないですよね(笑)あの頃だけで人生半分くらいの涙を流しきったんじゃないかと思うほど。
転んでは何度も泣きながら起き上がって、また自己探求をし続けてきたストイックな5年間。その頃にも、常に学びを共にしている仲間が近くにいてくれて、笑ったり泣いたりぶつかったりする時空を共有していました。私にとってあのストイックな5年間の自己探求した体験は、今の私の自信になっているし、対人援助職をやり続ける以上、自己探求することの重要性を実感していた時期でもありました。
自分で自分のことを深掘りして自己一致していないと、クライアントの深さに共感することが出来なかったり、ニュートラルに関わることが出来ないことを、臨床現場を通して実感していたから。そんな自分の体験があるため、自己探求・内観・教育分析をしていないカウンセラーは、カウンセラーと名乗るなと思うほど、強い嫌悪感を抱きます。料理長が包丁を研いでいないとの同じことです。
私はこうして土・泥んこ(=感情)まみれになりながら、転んでは起き上がって…を繰り返してきたことを自負しています。だから、キレイなカウンセリングはしたくないし、土臭くドロドロなカウンセリングが好きです。私はカウンセリングを生モノだと思っているし、LIVE感のあるセッションが大好きなんです。

つい先日、今の心の学びの友と通称「自主トレ」と呼ばれる、カウンセリング練習会がありました。そこでカウンセラー役をやってくれたYさんが、私の過去のブログに目を通してくれていたようで、すったもんだしている過去の私の姿についてセッションの中で取り上げてくれました。とても嬉しかったです。
その話しをきっかけに昔の自分を思い出し、また最近私の中で沸々と湧いてきていた「簡単にカウンセラーになりたいとか言うんじゃねーよ!」という人に対して批判的な声が表に出てきて、それが過去の自分と繋がっていきました。
最近、身近に「カウンセラーになりたい」という人がチラホラいるのですが、その方たちに対して純粋に応援する気持ちになれず、批判的な想いを抱いてしまっていたのです。
その理由は、長い間、時間もお金もかけて学び続け、自己探求も散々やってきて、何度も泥まみれになって、転んでは起き上がって…というのをやってきて、ようやく私は再び仕事としてクライアントに関わることが出来るであろうと感じます。カウンセラーという職業は、生半可な気持ちではやっていけるもんではありません。キレイな仕事では決してありません。(まぁ、この世のお仕事でキレイな仕事というもの自体がありませんけどね…。)知識やスキルがあればいいものではありません。カウンセラーの力量は、いかに自分自身を内観しているか…。自分に向き合う覚悟がないと、出来ない職業だと私は思っています。そこが苦しくて、出来なくてやめていく人も多く見てきました。なので簡単に「カウンセラーになりたい」という人に対して正直ムカつく気持ちが湧いてきていたのです。

しかし、そんな気持ちを逆の視点から捉えると…
*自分がそこまで努力をしてきたこと
*自分がこの職業に対して、真面目に真剣な姿勢で取り組んでいること
*これだけの時間とお金をかけてでも、夢中になってやり続けていること
*自分のやりたいことに目一杯投資をしていること
*こんなにも私は〈心の世界〉を愛していること
*こんなにも私は人を愛していること
…なんだなと。
これを自分が自分で承認してあげれば、他人がカウンセラーになりたかろうと何だろうと、あまり関係ないし、純粋に応援ができる。自分で自分の情熱と努力を誉めるために、このムカつき感情を使おうと思いました。

 

昔のブログタイトルは【Butterfly of Mind】
2007年10月22日に初投稿をしましたが、その時の文面を抜粋。

誰のこころにも、
蝶々のように自由に飛び立つ力も、
華麗に舞う力もあります。

その力を発揮するためには、産みの苦しみとなる脱皮が必要。
脱皮と飛立ちを繰り返し、人は成長していきます。

いつしか大きく綺麗な蝶々になるため、
私たちは日々悩み、苦しみ、そして完了させて、また次の段階へと進んでいきます。
人生はその繰り返し。

このブログは、松井友香が蝶々になるための成長記録。
心のつぶやきから、産みの苦しみ、涙の体験までお届けします。


▲10年前くらい前

なんていう投稿からブログが始まり、そこから心の学び・自分の気づき・自己探求を中心とした記事を書き続けてきました。昔の自分も、今の自分も変わっているようで変わっていない。成長している部分は当然あるんだけれど、本質の部分は変わっていない。自分が大切にしているものも、あまり変わっていない。

過去のブログのすったもんだも読んでいて楽しいので、またチョクチョクこちらのブログにリライトしながらアップしていこうかな‥って思います。

Written by まついゆか

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https://yuka8.com/wp-content/uploads/2018/10/3bd7c5324857d704139ded069b2efa14_s.jpghttps://yuka8.com/wp-content/uploads/2018/10/3bd7c5324857d704139ded069b2efa14_s-150x150.jpgまつい ゆか心|Mind綴|Blog気づけば長いこと、“心のこと”に関わってきました。途中で脱線したり寄り道したりしたけれど、〈心理学〉の知識・視点を持つようになってからは13年になります。 20代後半から“心に関すること”の門をたたき、はじめの頃は学ぶことが楽しくて、楽しくて仕方ありませんでした。また、学んだことを自分の内観や自己探求することにも活かし、これもおもしろくて仕方ありませんでした。今となっては冷静で穏やかな私ですが(多分?)、それこそ20代に心理学を学び始めた頃は、実はすったもんだしていて、泣いてばっかりいたんです。 人前で話すことが怖くて泣く。 自分の感情を表現することが出来なくて苦しくて泣く。 自分が何を感じているのかが分からなくて泣く。 壁にぶつかっては自己探求の材料だと考え、 深く深く考えて気づきを得て、それをシェアしながら泣く…。 今思うと、なんであんなに泣いていたんだろうと思うくらい、泣いてばかりいました。今となっては想像つかないですよね(笑)あの頃だけで人生半分くらいの涙を流しきったんじゃないかと思うほど。 転んでは何度も泣きながら起き上がって、また自己探求をし続けてきたストイックな5年間。その頃にも、常に学びを共にしている仲間が近くにいてくれて、笑ったり泣いたりぶつかったりする時空を共有していました。私にとってあのストイックな5年間の自己探求した体験は、今の私の自信になっているし、対人援助職をやり続ける以上、自己探求することの重要性を実感していた時期でもありました。 自分で自分のことを深掘りして自己一致していないと、クライアントの深さに共感することが出来なかったり、ニュートラルに関わることが出来ないことを、臨床現場を通して実感していたから。そんな自分の体験があるため、自己探求・内観・教育分析をしていないカウンセラーは、カウンセラーと名乗るなと思うほど、強い嫌悪感を抱きます。料理長が包丁を研いでいないとの同じことです。 私はこうして土・泥んこ(=感情)まみれになりながら、転んでは起き上がって…を繰り返してきたことを自負しています。だから、キレイなカウンセリングはしたくないし、土臭くドロドロなカウンセリングが好きです。私はカウンセリングを生モノだと思っているし、LIVE感のあるセッションが大好きなんです。 つい先日、今の心の学びの友と通称「自主トレ」と呼ばれる、カウンセリング練習会がありました。そこでカウンセラー役をやってくれたYさんが、私の過去のブログに目を通してくれていたようで、すったもんだしている過去の私の姿についてセッションの中で取り上げてくれました。とても嬉しかったです。 その話しをきっかけに昔の自分を思い出し、また最近私の中で沸々と湧いてきていた「簡単にカウンセラーになりたいとか言うんじゃねーよ!」という人に対して批判的な声が表に出てきて、それが過去の自分と繋がっていきました。 最近、身近に「カウンセラーになりたい」という人がチラホラいるのですが、その方たちに対して純粋に応援する気持ちになれず、批判的な想いを抱いてしまっていたのです。 その理由は、長い間、時間もお金もかけて学び続け、自己探求も散々やってきて、何度も泥まみれになって、転んでは起き上がって…というのをやってきて、ようやく私は再び仕事としてクライアントに関わることが出来るであろうと感じます。カウンセラーという職業は、生半可な気持ちではやっていけるもんではありません。キレイな仕事では決してありません。(まぁ、この世のお仕事でキレイな仕事というもの自体がありませんけどね…。)知識やスキルがあればいいものではありません。カウンセラーの力量は、いかに自分自身を内観しているか…。自分に向き合う覚悟がないと、出来ない職業だと私は思っています。そこが苦しくて、出来なくてやめていく人も多く見てきました。なので簡単に「カウンセラーになりたい」という人に対して正直ムカつく気持ちが湧いてきていたのです。 しかし、そんな気持ちを逆の視点から捉えると… *自分がそこまで努力をしてきたこと *自分がこの職業に対して、真面目に真剣な姿勢で取り組んでいること *これだけの時間とお金をかけてでも、夢中になってやり続けていること *自分のやりたいことに目一杯投資をしていること *こんなにも私は〈心の世界〉を愛していること *こんなにも私は人を愛していること …なんだなと。 これを自分が自分で承認してあげれば、他人がカウンセラーになりたかろうと何だろうと、あまり関係ないし、純粋に応援ができる。自分で自分の情熱と努力を誉めるために、このムカつき感情を使おうと思いました。   昔のブログタイトルは【Butterfly of Mind】 2007年10月22日に初投稿をしましたが、その時の文面を抜粋。 誰のこころにも、 蝶々のように自由に飛び立つ力も、 華麗に舞う力もあります。 その力を発揮するためには、産みの苦しみとなる“脱皮”が必要。 脱皮と飛立ちを繰り返し、人は成長していきます。 いつしか大きく綺麗な蝶々になるため、 私たちは日々悩み、苦しみ、そして完了させて、また次の段階へと進んでいきます。 人生はその繰り返し。 このブログは、松井友香が蝶々になるための成長記録。 心のつぶやきから、産みの苦しみ、涙の体験までお届けします。 ▲10年前くらい前 なんていう投稿からブログが始まり、そこから心の学び・自分の気づき・自己探求を中心とした記事を書き続けてきました。昔の自分も、今の自分も変わっているようで変わっていない。成長している部分は当然あるんだけれど、本質の部分は変わっていない。自分が大切にしているものも、あまり変わっていない。 過去のブログのすったもんだも読んでいて楽しいので、またチョクチョクこちらのブログにリライトしながらアップしていこうかな‥って思います。 Written by まついゆかLife Artist まついゆか公式ブログ