Restorative Justice (修復的正義)を学ぶ

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先日【Restorative Justice=修復的正義】を学んできました。聞きなれない言葉かと思いますので、まずはRestorative Justice(略してRJ)について、簡単に説明したいと思います。

修復的正義を簡単に説明すると…

Restorativeとは『修復』という意味で、要するに「元の通りにすること」です。
そしてJusticeとは『正義・公正・公平』という意味ですが、『司法・裁判』という意味もあります。日本では「司法」と訳されていたり、「正義」と訳されていたりします。正義だと「人の道にかなっていて正しいこと・人間行為としての正しさ」になりますので、Restorative Jusice(以下RJ)とは分かりやすく言うと、【人の道にかなって正しい方向へ元通りにすること】です。1970年代にカナダ・ニュージーランド・オーストラリア・アメリカ・ヨーロッパで制度化され、現在はアジア・アフリカにも拡がりつつある考え方です。
現在の日本では犯罪などの不正義(大きく言うと悪いこと)が起こった際、国家への規律違反とみなし、国家が刑罰を科す仕組みになっています。これを応報的司法と言い、この“応報”というのは因果応報の“応報”から来ていて、よい行いをすればよい報いがあり、悪い行いをすれば、悪い報いがあるという考えがベースにあります。応報的司法は「どの法律が犯されて」「誰が犯して」「その者への懲罰は何か?」について明確にし、罪を犯した者を罰することを目的としてきました。懲罰を与えることが正義とされてきたわけです。そのため被害者は置き去りにされ、必要な情報も得られなければ、ニーズを尊重されることもなく、加害者を罰するために必要な情報提供を行うのみでした。
しかし、修復的司法の考えは異なります。そもそも「犯罪・不正義」を地域社会に起きた“害悪”と捉え、その“害悪”に関与した人たち(被害者・加害者・地域・家族など)が直接的に関わりあうことで、その“害悪”を修復することを目的とします。そのため被害者への謝罪や弁償が優先され、被害者が納得するようなニーズを満たし、被害者が求めている情報を得ることができます。また、加害者へは被害者の苦しみを認識した上で、真摯な謝罪を被害者へし、その重みを感じながら責任を負う。被害者のニーズに応えることで癒やされ、加害者は責任を負うことで自立へと向かい、「犯罪」を通して損なわれた関係性を修復していくのが、RJの目的なんです。

RJの考え方で「素晴らしい」と私が思う点

私がこのRJに対して、魅力(可能性が広がる)を感じるところがいくつかあります。

① 加害者の人格と、不正義が切り離されている
人は誰にでも良いところ、悪いところ。長所、短所。天使と悪魔。陽と陰など、両面性があります。これは誰でもです。私はいつも思います。イジメでも犯罪でも、加害者・被害者には誰もがどっちも成り得る可能性があると。どっちの種も持っていると思うのです。いくら“いい人”というイメージがあるからといって、加害者にならないとは言い切れません。いくら“悪い人”というイメージがあるからといって、必ずしも犯罪者になるわけではありません。ある一時的な心の状態やストレス、自分の置かれている環境、これまでの生育歴の中での経験から、加害者になる可能性がゼロとは言い切れないのです。加害者の親御さんは思うことでしょう。「うちの子に限って」とか、「なぜ、あの子が?」など。
そして、これも私がいつも思うこと。【根っからの悪い人はいない】ということ。思っているというより、強く信じていることでもあります。アドラーも言います。「行動に問題がある人も、その動機は“善”である」と。
加害者の人格を「犯罪者」という括り方をしてしまえば、それまでです。けれど括ってしまっては、真実が見えてこないと考えます。決して加害者を庇護しているわけではありません。犯した悪事については罪を償うべきでしょうし、責任を負うべきとも思います。けれども悪事を働いてしまったきっかけになる出来事や、成長過程の中で悪い方向へ考えてしまうクセや思い込みなどが、きっと加害者の人生の中にあったはずだと私は信じています。そのため「犯罪者」としての括りをしてしまうと、加害者の中の真実を消し去ってしまうことがあるのではないかと思っています。カウンセラーという仕事柄というのもあると思いますが、そのような見方をするため、不正義と人格を分けるということがとても大切だと思っています。

②対話を通して関係を修復する
RJの具体的な手法として、一番の肝になるのは【対話】です。被害者と加害者、また両者を取り巻く家族やコミュニティーで対話をしていくことで、関係性の修復を行っていきます。私には『人(自己)は人(他者)の中でしか成長をしない』というモットーがあります。加害者は被害者と対面をして、直接相手の痛みを感じ取ることで自分の責任を感じ取ります。それが加害者を立ち直させることに、とても大きな役割を果たします。また被害者も、加害者の話しを直接聞くことによって許すことを学んでいきます。「犯罪」という、とても悲しく残念な出来事ではありますが、その出来事を通して、それぞれが学んだり人生を見直したり、新しい扉を開いたりするきっかけになることもあります。時間はかかりますが、問題解決をしながら人間や社会に対して“繋がり”に信頼を取り戻していく大事なプロセスです。
またこの【対話】でとても重要なのが、「Iメッセージ」と呼ばれる「私は〜」を主語にした話し方を双方がするところです。このIメッセージで話しをすることで、相手を責めるのではなく自分の発言に責任を持ち、起こった事実を語ることに重きを置きます。RJを執り行う“進行役”と呼ばれるファシリテーターがいますが、このファシリテーターは各々がIメッセージで語られることを促進しながら、場を進行していきます。もし「Youメッセージ」になっていた場合には、ファシリテーターが介入をします。企業研修でも「Iメッセージ」で伝えることをプログラムに取り入れていますが、とても大切なことです。全員が「Iメッセージ」で会話をすることが出来たら、もう少し人間関係はシンプルで楽になるかもしれません。

③トーキングサークル
上記の【対話】に繋がる話しですが、対話をする時には車座(円)になります。このことを「トーキングサークル」と修復的正義の場では呼ぶようですが、他の分野においても多く使われています。私の専門分野は心理学ですが、心理学の世界でもエンカウンターグループワークショップをする時は、車座からスタートします。また教育分野においても、オランダのイエナプラン教育では「サークル対話」で一日の始まりと終わりを括っています。この【輪になって話す】ことは、場の力としても大きく働きます。円になっていることで全員の顔が見えて安心したり、向かい合わせになると対立を生みますが、円であることによって場が和みます。また話しを円の中心に集めることで、共有意識が高まります。このようにトーキングサークルは様々な場面で使われていますし、その効果はとても大きいです。どの世界でも同じだなぁ…と感じました。

④対話することがゴールではないという考え
学ぶ前までは対話をすることがゴールだと思っていましたが、あくまでも1つのプロセスであるということを学びました。そのため、無理に対話まで持っていく必要がないようです。対話に至るまでには、被害者と加害者のそれぞれに、繰り返し面談を実施するそうです。その面談を通して、直接対面をしても問題ないと判断し、お互い 対面することに了承を得たときに初めて対話が実現します。そして、その繰り返しの面談がとても大切とのこと。心理学分野では「個人カウンセリング」にあたる部分ですね。被害者・加害者の両者の気持ちを充分に聴いた上で、感情も落ち着いて冷静になって初めて会うことが出来ます。特に被害者の方にとっては、加害者と対面するのは恐怖です。そのため存分に気持ち(感情)を傾聴し、ゆっくり時間をかけて癒やしていきます。対話に行き着くまでに、解決に至るケースも多くあるようです。目的はあくまでも【被害者のニーズに応えることで癒やし・立ち直りをサポートし、加害者には害悪への責任を自覚してもらい、関係・繋がりを修復すること(社会復帰)】なので、最終的に対話までいたらなくても、目的が達成されれば終了となります。

イジメ・犯罪をRJの関わり方で改善する

今回の講座を受け、イジメ・犯罪に対してRJを用いたプログラムを私も実施していこうと思いました。今回の受講をきっかけにお世話になっているNPO法人対話の会』にも、今後参加することにしました。私がずーっとずーっとやりたかったものに出会えたことに、とても喜びを感じます!
私が子供向けの心理教育ワークショップをやろうと思っていた大きな理由は、イジメ・犯罪に対する予防的役割としてでした。それも実施しつつ、起こってしまったことに対しての修復の役割としてRJを取り入れていきたいと思います。

restorative justice

Written by まついゆか

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